〈王国記16〉 叙任式について

 昨日行われた叙任式。騎士として国に仕えることを公の場で表明する儀式だ。私とエナ、というより地方出の子たちはみんな、勲章を授与され、事務手続きをして終わりだと思っていたため、大広間に集合だと通達された時には大層驚いた。


 儀式が貴ばれていたのは、騎士がその名のごとく、馬上で戦っていた時代の話だと思っていた。騎士道という言葉が古くなって久しい現在、せいぜいが兵学科の卒業式程度のものだろうと高をくくっていたのだ。何百人もいる入団者一人一人に正式な手順を踏んで入団の儀式をするとなると、相当な時間がかかる。てっきり、歴史の授業で習った大部分は省略されるか、改められていると思っていた。


 しかし実際には、一人一人が国王の前に跪き、旧来式のやり方で剣を捧げ、誓いの言葉を口にした。真っ白な大広間の赤じゅうたんの左右には、剣を地面と垂直に構えた鎧の騎士が並び、私たち入団兵はその間を通らなければならなかった。かわいそうに、緊張して足をもつれさせ、転倒してしまった子が何人かいた。誓いの言葉を途中で噛み、やり直していた子たちもいた。


「アンナが一つもとちらなかったのは奇跡だよ。はらはらしてしかたなかった」

「う、うるさいなー」


 私は式のことを思い出す。

 大理石の床の上、儀式用の礼服を身にまとった第三十期入団者たちの中で、例にもれず私はど緊張していた。


 高い天井に、自らの足音だけが響く環境も一つの要因だっただろう。数百の同期の視線の中、歩を進めなくてはならないことも間違いなくストレスだった。朝、何度なおしてもうまくいかず、結局そのまま参加せざるをえなかった自身のはねた前髪も、着実に不安を煽る種となっていた。


 何より私が緊張する原因となったのは、会場に国王十二守護部隊の面々が何名かそろっていたことだ。国王の背後に控え、剣の柄に手を置き、待機の姿勢をとっていた。憧れの人たちを間近で見れたことの興奮と、絶対に失敗できないというプレッシャーで、ペースが乱されたのは間違いない。


 そして、国王が直々に、こちらが拝した剣で肩に触れるというのはとどめもいいところだった。

 それでも私が失敗せずにすべての行程を終えられたのは、国王の隣にレイア王女がいたからだ。


 豪奢だが飾りすぎない、すらっとしたドレスに身を包み、最高位の勲章と同じ柄があしらわれたマントを羽織っていた。一分の隙もないよう身体にフィットしたドレスの様子から、身に着けているすべてが、王女様に合わせて特注で作られたものだということが、容易に想像できた。頬はほどよく白で染められ、儚げだった。長いまつげの一本一本までもが、綺麗にそろっていた。


 そう、とても似合っていた。とてもきれいだった。所作も、表情も、全てが自然に見えた。

 もし、王女様を見るのが初めてだったら、きっと私はそう感じたことだろう。


「自分より緊張している人を見ると、なんだか冷静になれるよね……」


 私がつぶやくと、あの場にアンナより緊張してる人なんていたっけ、とエナは首をかしげる。


 私は、一度王女様に訓練所に案内してもらっている。その時の彼女を軸に考えるならば、無理をしていないはずがないのだ。あの時見せてくれた朗らかな表情が、王女様の本当だとするならば、叙任式の彼女は限りなくそこから遠いところにいた。国王の娘としてふさわしい人間であるよう、必死で繕っていた。そして、それは成功していた。見事にも与えられた役割を全うしていた。


 そんな彼女も、はじめの一回、ミスをしている。本来なら左胸につけるべき勲章を、誤って右胸につけてしまったのだ。次の人に勲章を与えるとき、左胸のほうへ手を伸ばしながら、先程の過ちに気づいた王女様の顔が青ざめるのを、私は見た。気の毒になるくらい、瞳が揺れていた。二番目の騎士が退場した後、ぎゅっとこぶしを握り締めているのが見えた。


 それでも、何も知らない騎士たちは、式の後、右胸に勲章をつけた同期を見て、選ばれしものだとか、特別な意味があるというふうに騒いでいた。ミスがミスとはとられず、何か意味があることだと深読みしてもらえるから、位の高い人間は羨ましい。と昔の私なら思ったかもしれない。今は、思えなかった。ただの失敗にも、失敗以上の意味が生まれるのは、きっと苦しいだろう。何ともない所作一つ、気まぐれな行動一つを取り上げられて、あれこれ推測され、時に誤解されることは、天真爛漫な少女の身体を固く凍らせてしまうほどの重圧だろう。


 少しでもどうにかしてあげたくて、私の番、勲章を掲げた彼女と目があったときに、こっそり微笑むと、王女様は一瞬だけ疲れたような笑みを見せてくれた。

 そうして少しだけ肩を落としたまま、手を伸ばしてくれた。

 

 一番柔らかな手つきでつけられた私の勲章は、だから今期入団の騎士の中で、一番まっすぐ輝いた。

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