〈王国記14〉 休日

 城の門扉につながる中央通りから一本外れた場所にある肺動脈通りには、商店が軒並みを揃えている。


 服飾店や家具、書店、劇場が集まるこの区画には、この国の娯楽品、贅沢品を取り扱うお店が集まっていて、地方民の憧れの的だ。肺動脈通りにでも行ったら、という文句は、東の兵学科寮で誰かが物品に関して高望みをした際にとばされる揶揄で、

つまりはそれくらいカルディア王国の中では有名な場所なのだった。


 やっと訪れた休日、私とエナの行先ももちろんここだった。地平線まで望めるほど見通しがよい通り。その左右はすべて目を引くお店で埋まっている。通り自体はもちろん人で埋めつくされていた。

 東の行軍訓練中よりはるかに大勢の人たちが、規則なんて一切ない動きで道を歩き回っている。

 たまに道の中心を移動式の露店が通り、そこだけ人がよけるさまは海が割れているかのようだった。

 

 通りのはじまりは小高い丘になっていて、そこに集合した私たちは、それこそはじめは射撃魔法が飛び交う戦場に飛び込むような心意気で足を踏み出したのだが、数時間後にはすっかり慣れてそれぞれが気になったお店に突撃していた。


 日が傾き始めるころには購入した物品で両腕がふさがってしまったので、一度エナの家に引き返し、もろもろを置いてきて、ついでに買ったばかりの服に着替えて、また戻ってきた。


 買い物は満足したので、今は小腹を満たそうと肺動脈通りから一本外れた、比較的落ち着いた区画にある喫茶店に入ったところである。


 セカンドロップと銘打たれた看板の下の、質素な緑色の扉をくぐると、お店の入り口側半分はお花屋さんになっており、奥側半分がカフェとして営業していた。扱っている植物は意匠がこらされたものが多く、全て陶器の鉢植えに入っていた。値段も植物にしては高かったが、時折足をとめて見入っている人がいた。


 カフェスペースのほうにも、壁に蔦が這わせてあったり、テーブルに花が置かれていたり、紅茶に花びらが浮かべてあったりと、フラワーカフェと呼ぶにふさわしい工夫が施されていた。何より、これだけいろんな花が集まっているのに、調和のとれたいい香りがどこにいても漂っている。魔法で空気の流れを調整しているのかもしれない。


 一つ一つの鉢をじっくりと見てきたエナが席に戻ってくる。先に椅子に座ってメニューを見ていた私は、顔をあげた。


「おかえり」

「ただいま」


 彼女が椅子をひき、向かいの席に弾むように飛び乗る。椅子もテーブルも、足が高めに作られていた。満足そうなのは既に伝わってきたが、あえて、どうだった? と口に出して尋ねると、エナは微笑みながら、よかった、と言った。


「よくこんなところ知ってたね」

「まあ、うん。知り合いからおすすめされて」


 王女様におすすめされたとは言いづらく、濁してしまった。

 王都に知り合いいたんだ! と勝手にエナの中で私の評価があがってしまい、申し訳ない気持ちになる。


 ここでよかった? 誤魔化すために尋ねると、エナはうなずく。

「天井の木組みがいいね」

 上を見上げる。私には細かいところは分からなかった。けれど確かに店内はおしゃれだ。白い壁に茶のテーブルと、シックな色調でまとめられつつも、適度に這わされた蔦の緑がいいアクセントになっている。


「あとは味が良ければいうことなしだね」

 そう言って差し出されたエナの両手に渋々メニューを載せる。

「一番高いのたのも」

 ぐっ、と声が詰まる。先ほど散財したばかりの身には辛いが、約束は約束だ。甘んじて受け入れるしかない。エナは私の反応を見てくすくすと笑った。

「勝負もちかけたの、そっちだからね?」

 ……緊張をほぐすためとはいえ、下手なことを言わなければよかった。私は激しく後悔する。


 そう、結局、賭けに勝ったのはエナだった。

 あの日、エナとカルムの勝負が終わり、数試合の後に、私は番号を呼ばれた。エナの活躍に勇気づけられ、気合は充分なはずだった。でも私は、魔法の一つも繰り出せず、剣を振るうことすらできずに負けた。


 開始の合図がなされた数十秒後には、勝負はついていたんじゃないかと思う。気づけば背後から喉に刃をつきつけられていた。早すぎて、手を打つ暇もなかった。


「仕方ないよ。聞けば、アンナの相手、今期で一番の成績優秀者だったっていうし」


 エナの慰めに、対戦相手の顔が思い浮かぶ。中央卒、第三十期卒業試験一位合格者アンドレ・ランパルト。黒髪で、青い瞳の男性だった。終始そっけなく、試合前も試合中も試合後も、一度も目が合わなかった。というか相手の顔を見ずとも勝てるとか、どれだけ強いんだ。いや、私が弱いのか……。

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