第48話罪の告白

アスランが漏らした呟きは余計に僕の神経を強張らせるものだった。

隣にいるフロレンスも同じだったのだろう、彼女の両膝に乗せられた手には、指が白む程に力が込められていた。


「どうしたんだい、二人とも」


僕たちの様子を訝しむ父に、僕は息を飲む。

言わなければならない、覚悟を決めて僕は口を開いた。


「実はっ…」

「此度の件に関しては、大公閣下の許可は頂いておりません」


僕を庇うように、フロレンスの声が凛と響いた。

一瞬呆気にとられたようにアスランの目が丸く開かれたかと思うと、表情が徐々に苦く歪められていく。


「フロレンス、お前…正気か。罪に問われるぞ」


ソファに預けていた背中を引き剥がしてゆったりと前に上半身を傾けたアスランが、フロレンスの喉元に剣を突きつけるように告げる。

僕は二人の間に割ってはいるように、立ち上がって身を乗り出した。


「それはどういう事ですか、アスラン殿下」


アスランは最初に僕に目を向けてから、その場にいる全員に言い聞かせるように、一人一人に視線を巡らせた。


「ルベルの贖罪の力は、未来を変える恐ろしいモンだ。おいそれと使わせる訳にはいかねぇ。大公閣下の許可があって初めて、能力を行使できる」


僕は上擦りそうになる声を必死に抑えながら、問い掛けた。


「許可なしに、行使した場合は?」

「反逆罪に問われるだろうな」

「そんな…」


嫌な予感ほど、当たるものだ。

反逆罪となれば、身分の剥奪や国外追放、極刑もありえる。

僕はフロレンスの支払った代償の大きさに、言葉を失った。


どうしたら、彼女を救えるか。


そんな事ばかりが、僕の頭の中を占領していく。

彼女を失うことの恐怖に、目の前が揺らいだ。

ソファに力なく座って俯くと、フロレンスの手が、遠慮がちにそっと僕の肩に触れた。


「私が選んだことだ、ジークヴァルト」


フロレンスの声が優しく澄んでいるほどに、僕の胸はより一層、締め付けられていく。

そんな僕とフロレンスを見ていたアスランは、仕方ないとばかりに溜息を絞り出すと、改めて僕たちに問い掛けた。


「…取り敢えず、責任の追及は後だ。何があったか全部話せ、包み隠さずだ」


アスランの言葉に、僕は意を決して口を開いた。

妹の失踪したため、僕が身代わりとして婚約式を上げたこと。

ヘリオスが、シュルツ伯爵夫人のベアトリーチェと愛人関係であること。

ヘリオスとベアトリーチェの二人が共謀して、妹を殺めたこと。

そして、妹の死を悲しむ僕とウィリンデ緑の精霊と僕が同調し、暴走した力が国を滅ぼしたという未来の全てを、語って聞かせた。


ルベル紅の精霊の加護の力によって未来から戻った後、僕とフロレンスがローゼリンドを助け、ソルを捕らえているところまで話し終えると、アスランは深い溜息を絞り出しながら、天井を仰いだ。


「はぁ…、…マジかよ。それでジークヴァルトはその姿で、フロレンスは記憶持ちか」


アスランが暫く押し黙ると、重い沈黙が落ちる。

父は痛みを堪えるように俯き、祈るように組み合わせた指を唇の押し当てていた。わずかに覗く唇の戦慄きが、どうしようもない悲しみを物語っていた。


「申し訳ございません。僕は父の祈りも母の思いも、民も…裏切るようなことをしました」


父に顔向けできずに、俯く。

顔を上げた父は、泣き出しそうな微笑みで僕を見つめた。


「ジーク、君には私と同じ道を歩んで欲しくなかった…ただ今は、精霊の奇跡に感謝し、失われた国民の命に祈りを捧げよう」


息子である僕の罪の重さに心を痛めながら、国民の命を想う父の言葉に、僕は一緒に手を組み合わせて深く頭を下げた。

しばし静寂が落ちた後、考えを纏めていたアスランが重い口を開いた。


「ジークヴァルトとフロレンスに、どんな罰を与えるかは大公閣下が決定を下すだろう。だがその前に、謀叛を起こしたヘリオスを拘束する。ソルの身柄は今夜中に場所を移すぞ」


アスランの言葉に全員が頷き、同意する中で、僕だけがゆっくりと首を左右に振った。


「それだけでは駄目です。アスラン殿下」

「なに?」


眉間に皺を寄せるアスランに向かって、僕は、はっきりと告げた。


「首謀者を捕らえなくては」

「…ベアトリーチェか」


苦虫を噛み潰したかのようにアスランは顔を歪ませると、開いた両足の腿に肘を乗せ、片手で頭を抱えていた。

アスランにとっては、それこそ頭の痛い問題なのだろう。甥っ子の愛人が毒婦だった上に、他国から降嫁した相手なのだ。

更に外交を考えると、容易に捕まえることはできない。


「ベアトリーチェが黒幕っつぅ、裏が取れねぇ…ソルとヘリオスが吐いたとしても、知らぬ存ぜぬで通される可能性があるぜ。お前らの見てきた未来は、もう変わっちまってるし、な」


アスランの返答は、僕の予想の範囲だ。

僕は緊張に渇いていく喉に、無理矢理固い唾液を流し込み、準備していた言葉を口にした。


「ベアトリーチェには、別の罪があります」


僕の言葉は、沈黙の中に波紋を広げていく。恐ろしい予感が、全員の胸の中に漣を立てていくのが、分かった。

僕はそれでも躊躇なく、はっきりと声を上げた。


「僕の母、公爵夫人と大公妃殿下を殺したのは…ベアトリーチェです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る