第10話 創れという激励

 朽ちかけの木造の小屋で、小さな机を囲んで私と凪は向かい合っていた。

 どんな世界が欲しいのか、という問いになぎは悩む素振りを見せない。


「本当はもうは創りたい世界は決まっているんじゃないのか?」


 凪はこちらをまっすぐ見て、あまりにも自信満々に私に問いを投げ返してきた。


「どうしてそう思うの?」

「俺は一葉が小さい頃から考えてきた世界の登場人物の一人にすぎないだろう?」


 そのことは誰にも話したことはなかった。

 親にだって、中学の頃の美術部の同級生にだって、職場での同僚にすら話したことはなかった。


「黒歴史だなんて言うなよ。忙しかったから俺一人しか形にならなかっただけだ。うっすらと、イメージだけでも俺以外の登場人物がいるだろう。それにそいつらが生きる世界の光景が一葉には見えてるだろう?」


 そうだ。その通りだ。

 私の思い描く世界は凪だけじゃない。

 イメージさえあやふやだけど、確かに他の人物もいる。


「……本当に私のことなら何でも知ってるね」


 私の人生を追体験したと言っていた凪には本当に全部知られているのだろう。

 でも、不思議と監視されていたなどという不快感はない。

 共に人生を歩みながらも、話すことができなかった無念の思いが強かった。


「だからこそ俺は一葉に言ってやりたい言葉が感謝の他にもう一つあった」


 凪は私の右手を強く握ると、睨みつけるような強い眼差しをこちらに向けた。


「俺、一人を完成させて満足してるなよ? 一葉の考えた俺の生きる世界を創れ」


 これはなんかじゃない。

 私が内に秘めた本当のやりたいことだ。


「すごいね。なんかやる気出てきた。凪ってそんなアツい奴だったんだ」


 私は空いていた左手で握られている凪の手を包み込んだ。


「一葉の幸せのためなら、正直な物言いもできるってだけだ」

「あーっ! もう! そんなこと言われたら、やりたいことが次々と思い浮かんできたぁー」


 何から手をつけるかを考え始めたら、頭の中が沸騰しそうなくらいやりたいことが思い浮かんでくる。

 家も作りたい、町も作りたい、住人も作りたい、ちょっとした小物まで全部……!


「でも、ちゃんと寝るんだぞ。過労死はもういやだろう?」


 あの鈍痛が頭によぎり、私はブレーキ役が必要だと確信した。

 正直、過労死したのは睡眠時間を削り、凪のこと作っていたことも少なからず要因としてあると思っていた。


「凪! あなたには私が頑張りすぎないように見張る任務を与えます。以後、監視と制御を怠らないように」

「わかった。では就寝のお時間だ」


 凪はスクっと立ち上がると私のことをお姫様だっこで持ち上げた。


「ちょっ、歩けるって」


 私は恥ずかしさのあまり凪の胸板をぺしぺしと叩いた。だが凪は構うことなくベッドへと運んでいった。


「昔、俺にお姫様だっこされたいと妄想していたではないか」


 隠し事が通じないのは厄介ね……。しかも凪の奴はサービス精神が強い。

 ベッドに寝かしつけられると、布団をかけられた。

 作品集アセットブラウザから生成したベッドだが、命令文プロンプトの影響を受けて風化をして少し動くだけでギシギシと音を立てた。


「これは、ベッドを作るのが最優先かな……うるさくて寝れない」

「そうだな、だが今日はこれで妥協しよう」


 隣合ったベッドに凪が寝そべると、バキッと音を立ててベッドが真っ二つになってしまった。


「ちょっと、ぷふ……ははははは。凪……そのクール美男子の見た目どドジっ子なの?」

「ハッハッハ。格好悪いところを見られてしまったな。だが断じてドジっ子ではない」


 凪は無様にひっくり返った状態でキリッと答えた。説得力はない。


「もう……敷布団で寝るしかないね」


 私は作品集アセットブラウザから敷布団を生成した。

 案の定命令文プロンプトの改変を受けて、敷布団はボロ布になってしまったが最低限敷布団としては使えそうだった。


「寝れそう?」

「あぁ、俺は大丈夫だ。さっさと寝て明日に備えるぞ。きっと忙しくなる」


 私は「そうね」とだけ呟いて目を閉じた。

 さっきのベッドが折れる瞬間を思い出し、私は笑い出しそうになるのをぶるぶる震えながら堪えた。


 しかし、やりたいことがたくさんあれば忙しくなるのは必然。

 私は大掃除の疲労からか質の悪いベッドの割にはすんなりと眠りについていった。


 翌朝、ガァガァとカラスの鳴く声で眼を覚ました。

 凪の方を見てみると丸くなって寝ている。

 犬妖怪と私が設定したからだろうか。正直言ってかわいい。

 ああして、寝るようになったのは凪が完成してからだ。

 私が布団をめくると凪の犬耳はこちらに向いて音を拾い、凪の方もムクリと目を覚ました。


「おはよう凪」

「んん、おはよう。昨日、朝食で少し試したいことを思いついてな……俺の口の中におにぎりを直接生成してみてくれないか?」

「なるほど、命令文プロンプトによる改変を受ける前に食べてしまえばいいという発想ね。じゃあ、おにぎりの四分の一サイズを口の中に生成するね」


 私は三、二、一とカウントダウンをして凪の口のなかにおにぎりを生成した。

 すると凪はもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。


「小さくなった分、食感は変な感じだが味は普通の塩おにぎりだ。一葉も食べてみるといい」


 自分でも試してみると凪の言葉通りの印象だった。

 しかし、これで当面の食料問題は考えなくてすみそう。

 四分の一サイズだったので私たちはそれぞれ満足するまで直接生成する食事を行った。

 私は合計八回のおにぎり二個分、凪は合計十六回のおにぎり四個分を食べた。


「朝から随分と食べるのね」

「今日の朝は大仕事が控えているからな」

「?」


 私が凪の意図していることがわからないでいると「まぁ見ててくれ」と言って部屋を出ていった。


 純白の長髪をなびかせ颯爽と歩く凪の手には流殲牙りゅうせんがが握られていた。

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