第7話 変わってしまった世界

「なんだ……この世界は……新しく来た住人が創り変えたのか?」


 なぎは周りを見まわしながら、私の肩を抱いた。


「一瞬で世界を作り変えてしまうなんて……新しく来た住人は何を習得してこの世界に呼ばれたの……?」


 私の住んでいた和風な平屋は数ある廃墟の一部と化していた。

 緑の草原と青い空という原色の世界から、崩れた家屋、曇った空という灰色の世界になってしまった。


 そして、今までこの世界になかった変化が起きていた。


 それは「生き物の気配」だ。

「カァー、カー、カー」

 カラスの鳴き声など生前以来だった。

 さらには、人間のうめき声がする。

 新しい住人は世界の風景だけでなく、生物すらも創ったのかもしれない。


「少し試したいことがあるから、ソファーで上から様子を見てみましょうか……」


 すっかりこの世界の定番の移動手段になった空飛ぶソファーを作品集アセットブラウザから出現させた。

 しかし、新品のソファーは出現した瞬間からじわじわと姿を変えていった。

 傷だらけになり、茶色い合成皮革はどす黒い色になり十年単位の時間経過を思わせる経年劣化をした状態になった。


「嘘……私の操作を受け付けないなんて…………でも、じわじわと形が変わる様子を見て新しい住人が習得した技術がわかったかも」

「俺にもわかった。新しい住人は生成AIを使うようだな」

「そうだと思うけど……凪もわかるんだ?」


 凪の知能レベルは予想できなかった。

 喋れない間はジェスチャーのみのやりとりで、子供みたいだった。いざ喋りだすと見た目通りの大人のイケボという印象でギャップがすごい。


「あぁ、何故だろう。一葉が生きて死ぬまでを追体験したような感覚があるから、知識に関しては同じものを持っていると思ってもらってよさそうだ」

「そっか、なら話しは早いね。生成AIなら世界を一瞬で作り変えた圧倒的生産能力にも納得がいく。ダ・ヴィンチさんの五百年先を生きた私が呼ばれる世界なら、私より先の未来を生きた創り手が呼ばれてもおかしくはないよね」


 私が生きていた頃は生成AIという技術は生まれたばかりで実用にはほど遠いものだった。それが発展した未来なら、生産能力は私一人が対応できるものではない。


「この世界の造形物は、全て新しく来た住人の敷いた命令文プロンプトということわりによって支配されてしまったということか……」


 だが私と凪の姿がそのままなのは、不幸中の幸いなことだった。

 本来なら私と凪の着物姿も、この世界に則した洋風な恰好に変貌していてもおかしくはない。


「もしかして、ソファーだけじゃなくて作品集アセットブラウザから生成する物体は全部、この世界に即した形状に変化しちゃうのかな」


 私は適当にリンゴのオブジェクトを出現させたが、新鮮な真っ赤な色もじわじわと色の悪いリンゴへと徐々に変わっていった。匂いも腐ったような匂いがしたので思わず鼻をつまんで投げ捨ててしまった。


 新しくなった世界への考察をしていた私たちのもとへ、うめき声が近づいてくることに気付いた。

 凪はすぐに私の前に立ち、警戒して尻尾の毛を逆立てた。


 殺気立った凪の前に哀れにも姿を現してしまったうめき声の主は、ぼろ布を纏い手には短剣を握った成人男性だった。

 だが、あばら骨が浮くほど痩せて、目の焦点が合わない様子だった。

 男性は凪に短剣を振りかぶったが、振り下ろすよりも早く凪の手刀で心臓を貫かれ、その場に倒れた。


 人智を超えた大妖怪という設定で作り上げた凪は、文字通り圧倒的な力の差を見せつけた。


(ウチの子……強すぎやんけ)


 思わず白い長髪がたなびく様に見とれてしまった。


「護身用に持っておけ」


 凪は落ちた短剣を私にくれた。

 錆だらけで、刃も欠けている。それでも丸腰よりは多少はマシに思えた。


「あぁーあ、手ー血だらけにしちゃって……」


 私は頭の中でショートカットキー『コントロールZ』と唱えると凪の腕に付いた血は綺麗さっぱりなくなった。


「ありがとう一葉」

「急にこんな世界になってしまって他の人が心配かも……」

「一番近いダ・ヴィンチの家に行くか」


 廃墟の一つになってしまった我が家を後にして、ダ・ヴィンチの家の方へと向かった。

 しばらく歩いてみると大きく地形が変化していることに気付いた。

 大きな谷が出来ていて、物理的ダ・ヴィンチの家がある方向へ進むことが出来なかった。

 底は真っ暗で降りることすら考えられない深さだった。

 ただ、向かいまで橋がかかっていた。ぼろぼろで今にもロープが切れて谷底に落ちてしまいそうな未来を予期させる。


「あれは絶対に渡らない方がいいよね……」

「あぁ、やめておいたほうがいい。ピグマリオン王の神殿なら行けそうだが……行ってみるか?」

「そうだね。急ごう」

「ん……背負っていこうか」


 凪はしゃがんで背中をこちらに向けてきた。


(これは……抱きつけるチャンス……)


 私に一瞬、邪な感情が湧きあがった気がしたが、これは緊急事態のやむを得ない状況だと無理やり正当化して凪に背負われた。


(凪……あったかい……)


 今まで凪に触れることは当然あった。

 でも、完成する前の凪は温かくも冷たくもなかった。少し不気味で嫌だった。

 それがこんなにも生き物らしい温かさを感じられる。

 私は思わず抱きしめる力を強めた。凪がものすごい速さで走るから、必死でしがみつかなくてはならなかったのもあるけれど。


(やばいって! 走りでバイクの並みのスピード出てるって!)


 そんな速さで凪が走るものだから、道中の亡者は凪の圧倒的な速力に追いつけず一人として私たちに攻撃することができなかった。

 そうして、ピグマリオンの神殿に着くと息をのむ光景が広がっていた。


 神殿の正面に亡者の死体の山が築かれていた。

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