episode2 ガマズミ

 時の流れとは非常にも早いもので、悠一が告白してから一日が経っていた。

 昨日の晴天が嘘かのように豪雨が外で叫んでいる。

 家に帰ってから知ったことだが、台風が悠一のいる付近へと接近していて記録的な豪雨らしい。

 今は今後必要になるか定かでは物理の授業を呆然と聴いている。

 昨日、二日で死ぬことが分かり、悠一が慌てふためかないて学校に通う暇なんか無いのではと考えるが。

 それは単純明快。悠一は人一倍楽観的だった。

 その証拠に物理の話に飽きて睡魔に襲われているところだった。だが、そんなお気楽な性格こそ人を惹きつける由縁で悠一に好意を持つ女性も少なくはない。

 「えーつまり鉛直投げ上げとは、鉛直下向きの速度が1秒ごとに0、-g、-2g、-3gと変化するイメージとなってだな。 鉛直投げ上げ運動をする物体Aの速度vA=v0-gt=49-9.8tとなって、 自由落下運動をする物体Bの速度vB=-gt=-9.8tができる。仕組みさえ分かってしまえば簡単だろ」

 物理の先生の怒涛の説明が悠一の耳の中を通過する。しかし、そのまま通り抜けていっていた。

 眠たい頭をぐっとこらえて見ている姿は楠見華ただ一人で、芸術品のようなその美しい所作に心のなかで拍手していた。

 「じゃあ、次に圧力の.......おい!悠一くーん。何本指か見えるかな?」

 突然、自分の名前を呼ばれた条件反射のように肩をビクつかせ、先生の方へと凝望する。

 「やだな先生。あまりにも先生が輝きすぎて俺では見えませんよ」

 これはダブルミーニングを隠していた。

 一つは文字通り、先生の美貌に対して褒めていた。だが、もう一つは先生のチャームポイントか本人も気にしている欠点か未だに不明だが、見事に抜けた脳天のハゲを見て、眩しいと煽ったのである。

 それに気づいた何人かのクラスメイト必死に笑いをこらえていた。

 「もうそんなお世辞を言っちゃって。そう簡単に評価は上げれないぞ」

 どうやら悠一が煽ったことに関しては気づいて無いらしいい。あからさまに上機嫌になって授業の続きへと戻ってしまった。

 この煽り文句が今後定番化して使われることなど先生も悠一さえも知らない。

 ただ悠一は居眠りについてもう言及されないと確信して、机の下でガッツポーズをしていた。

 その時、華は悠一の痴態を笑うこともなく、窓から見える桜を眺めていた。



 危機も過ぎて、キーンコーンカーンコーンと昼休みが始まるチャイムが鳴る。

 いつも通りのメンバーがいつも通りの場所に集まって弁当を食べていた。例に漏れず、悠一も春から仲がいいメンバーと集まって談笑していた。

 「そういえば悠一。昨日屋上でと一緒にいたって噂聞いたんだけどよマジか?」

 「おいおいまじかよ」「あいつにするとか罰ゲームか?」と弁当に夢中になっていた残りの悠一の友人は橋を止め、悠一に詰め寄る。

 本人である悠一はというと、何の話だかさっぱりだった。

 「陰気メガネちゃん?誰それ?」

 「おまっ、そんなことも知らねえのかよ。ほら楠見だよ。楠見華。年中終わったような顔してるし、前髪うぜえしですぐ分かるだろ」

 「あっ、陰気メガネって楠見のことかよ」

 「本当に能天気だよな。それよりどうなんだよ。まさか告ったりしてねえだろなあ」

 悠一の首裏に嫌な冷や汗が垂れる。

 「ま、まさか〜、俺にそんな度胸あると思ってんの。そりゃ、ありがたいね」

 「だよなー」と悠一含めどっと笑い出す。

 高校生の話題なんてものはすぐに切り替わってしまうものだ。気がつけば、昨日発売したゲームの話なんかしてる。

 悠一は居眠りした物理の授業とは比にならないほど内心焦っていた。

 告白したことがバレてしまったら一巻の終わりだ。華の話が本当だとしたら、悠一だけでなく華までにも被害を被ってしまう。

 幸いにも話題が逸れたので今日はもう聞かれることはないだろう。

 キーンコーンカーンコーンと授業五分前の予鈴が鳴る。

 「やっば!話すぎて弁当食いきれてねえ!!」

 悠一の弁当の中身は半分ののり弁と様々なおかずで構成されているが、どれも四割弱残っている。

友人の弁当を見ると、概ね同じ惨状だ。悠一は妙な安心感を覚えた。

 「早く食おうぜ!!」

 誰かそう掛け声を入れると、一人も喋ることはなく黙々と食み始める。

 途中で喉に詰まらせたり、水筒のお茶で流し込んだりする人もいたが、結論から言うと、何の問題もないと言ったら嘘になるが、全員完食することができた。

 障害となってしまったのはその後の授業だ。

 血糖値が急激に上昇して物理の時以上の睡魔がそこまで迫って来ているのだ。放課後食えば良かったと後悔するのは言うまでもない。



 そんな睡魔と格闘し終わった放課後。

 悠一は教室でポツンとただ一人で椅子に座っていた。

 机にはノートを広げて達筆な字で書いている。

 教室に残り続けているのには明確な理由があった。放課後始まってすぐのこと、華から教室で話があるという昨日悠一が送ったようなメールが送られてきた。

 その当人である楠見はまだ教室に来ていない。放課後すぐに出て行った時に見たのが最後だ。

 騙されたと不意に思ったその時、

 「ごめんね待たせて」と、雨音を遮るように華が教室のドアを開ける。

 「香坂くん以外居なくなるまでトイレで待機してたんだけど、少し遅かったみたいね」

 「全然待ってなんかねえよ」

 「それなら良かった。もしかしてそのノート、寝ていた授業の復習でもしてたの?」

 華が悠一のことを見てくれていたと分かって、悠一は嬉しかった。

 華が悠一の元へと近づいていく。開かれていたノートを、悠一は咄嗟に閉じる。

 おおよそ復習していたのが恥ずかしかっのだろうと華は予想する。

 「話ってなんだ?メールでも良かったと思うが」

 「いやこれはあなた自身の口から言ってもらわなきゃ納得いかないの」

 「なんだよ、そんな改まっちゃって」

 刹那、教室は雨音だけが支配する。

 だが、すぐに華が打ち破った。

 「香坂くんの花はもう咲きかかっている。明日で死んでしまうというのに私と遊ぶことだけでいいの?」

 「遊ぶだなんて。デートって言ってよ」

 「.......,キモっ」

 「何度言われようと俺が折れることは無い。そうそれは天変地異が起きようとも」

 「あんまり巫山戯るとに行くのやめるよ」

 「悪かった悪かったって。正直言って明日死ぬなんでまだ実感ないんだよ。どう死ぬかぐらいわかんないわけ?飛び降りるーとか、燃えカスになるーとか」

 「分かるのは死ぬ事実だけ。時間ならおおよその推測はつくけど」

 「まじで!?教えてくれよー」

 悠一はシャーペンを器用にくるくる回す。

 華は少々躊躇っていた。死ぬと理解するならまだしも何時死ぬかを理解するのは知らないことよりも苦痛だと思っていたからだ。

 「どうして知りたいの?」

 「どうしてって、死ぬ姿を楠見に見られたくねえだろ」

 「.....少し考えさせて。香坂くんに意志は聞けたし。それじゃぁね!」

 華は教室のドアを勢いよく開けて去っていく。それは昨日と同じ立ち位置だった。

 気がつけば、死の宣告されてからちょうど一日が経っていた。



香坂悠一が死ぬまであと一日




ЖЖЖ

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あと一日なのに終わってねえええ!!!!



 

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