第22話:宣言

神歴808年・公国歴72年5月27日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点


「侯爵閣下、アンネリーゼ様と一緒に朝のご挨拶に来させていただきました」


 次席家臣で領地の家宰であるエルンスト伯爵が全員を代表して話しかけます。

 リューネブルク侯爵家では、朝と夕に主だった家臣が侯爵に挨拶するのです。

 よほど機嫌が悪くない限り侯爵も挨拶を受けるそうです。


 侯爵には生き地獄のような、両親を叔父に殺され自分も殺されかけた時期があり、更に両親の一族から命を狙われ続けた時期もありました。


 その間に命を懸けて守り続けてくれた、家臣とその子孫を邪険にする事は少ないそうなのですが、全く無い訳ではないそうです。


 どうしても人に会いたくない時があって、そういう時は、わずかに生き残っている、当時守ってくれた老侍従たちだけを側に置くそうです。


 そういう時でも侯爵の守りがおろそかにならないように、窓側と廊下側の部屋に、若くて屈強な騎士が詰めているのです。


「お会いになられるそうです」


 廊下側の控室で家臣たちと一緒に待っていた私は、ホッと息を吐きました。

 私が一緒にいるせいで、家臣たちが挨拶できなかったら申し訳ないと思っていたのです。


 一度の失敗で、侯爵には距離を置かれています。

 露骨に避けられる事は無くなりましたが、自然と会わないようになっています。

 最側近の老侍従たちが、私が傷つかないように調整してくれているのでしょう。


「侯爵閣下、今日も一日宜しくお願い致します。

 まずは昨日の報告でございますが、特に変わった事はございません。

 詳細な内容は木版に書いて侍従に渡してありますので、目を通しておいていただけると助かります」


 今日も侯爵は毛布を頭からかぶっています。

 本は持っていませんが、視線をこちらに向けようとはしません。

 ですがこれは初めて会った時からずっとそうなので、気にならなくなりました。


 侯爵は基本何もしません、全て家臣たちに任せています。

 家臣たちも何度か政務をやってもらおうとしたそうです。

 侯爵も頑張って政務を執ろうとしたそうなのですが、体が震えてしまうそうです。


 ガタガタと大きく震えてしまって、何かを持つどころか、話をする事もできなくなってしまうそうです。


 二番目の叔父が、政務の相談と近づいて、まだ幼い侯爵の胸を刺したそうです。

 的確に斜め下ら肋骨に間を狙い、心臓を一突きにしたそうです。


 奇跡的に治癒魔術が間に合いましたが、一度は心臓が止まっていたのです。

「その痛みと恐怖が忘れられないのでしょう」とエルンスト伯爵が言っていました。

 そんな過去があれば、政務を執るのが怖くなって当然です。


「政務とは別の話ですが、公都の屋敷から写本された魔術書が届きました。

 ようやくレベル3の状態異常快復魔術の呪文が分かりました。

 アンネリーゼ様が発現できるようになられましたら、閣下に受けていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


 老侍従が毛布を被った侯爵に顔を近づけて話を聞きます。

 大きな声をだしたら襲われと思っているかのような、とても小さな声です。


 実際に、命を狙う叔父や従兄姉から隠れて、声を殺していた過去があるのかもしれません。

 

「閣下は無理に魔術で治す必要はないと言われておられます。

 侯爵家の跡はアンネリーゼ様のお子様に任せるから気にするなとの事です」


「恐れながら、妻としてではなく、リドワーンの曾孫として言わせていただきます。

 曾祖父の名誉を汚すような事は絶対にできません。

 私にできる限りの事をして、侯爵閣下を治す努力をします。

 力及ばず治せないかもしれませんが、最後まで諦めません。

 それを認めていただけないのなら、離婚させていただき、男爵家に帰ります」


 家臣たちに相談もせずに自分だけで決めた事です。

 曾祖父リドワーンの事を恩に感じてくれているのなら、私にその遺勲を汚すような真似を強要するのは止めて欲しいです!


 何て本気で思っている訳ではありません。

 あくまでも駆け引きです、自分望みを叶えるための駆け引きなのです。

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