第36話「決着」

 拘束から逃れたシルディアは重力に従って落ちて行く。

 妖法を弾かれたことに驚いたフロージェの目が上を向いた。


「お姉様ッ!!?」


 悲鳴交じりの叫びが聞こえる。

 と同時にオデルもシルディアを見上げた。

 楽しそうな赤い瞳と目が合う。


(信じてると言わんばかりね)


 冷静なオデルと取り乱すフロージェは対照的だ。

 彼の眼差しに、シルディアは思わずくすりと笑う。

 空から落ちているというのに、不思議と恐怖はない。

 手を突き出し、魔力を集中させる。


「な、どうして妖法が弾かれるの!?」

「妖法と魔法は相性が悪いからな。シルディアに妖法は効かない」

「じゃああんたが助けなさいよ!! あのままじゃお姉様がっ……!」

「妖精姫。お前はシルディアを見くびりすぎだ」

「はぁ?」


 オデルはシルディアへとニッと笑いかける。


(そんなに期待されたら、答えなきゃね!)


 シルディアは地面へ突き出していた手を不審者へと向けた。

 二人から逸れたシルディアの手をオデル達が目で追う。

 そこには短剣を持った不審者が向かってきていた。

 突如シルディア達の視線に晒された不審者はギョッと驚いた顔を見せる。

 しかし、歩みを止めることはなかった。


「観念なさい!」


 手に集めていた魔力を放出する。

 すると、さじ加減を間違えたのかドゴォッと音がして地面がえぐれ、土煙が上がった。


(あっ……)


 魔法としてではなく、ただの魔力の固まりをぶつけたので、致命傷にはなっていないはずだ。

 ふと煙の隙間から見えた不審者は地面に倒れていた。


(も、もし大怪我をしていても、私の神力で治したらいいのだし……き、きっと大丈夫! それよりもこのままだと私が怪我をしそうだわ)


 魔力を放出した時の反動を利用して、落下速度を抑えたものの、まだ緩やかとは言えない速度だ。


(風を下から自分へ吹かせればなんとかなりそうね)


 今度は魔法を使おうと手を伸ばした。

 しかし、シルディアが魔法を使う寸前。

 柔らかな風に包まれた。

 それは、死が確定していた高度からの飛び降りたシルディアの体を温めるような風だ。


「シルディア」

「オデル!」


 ふわりとオデルの腕の中へと導かれる。


「まさかシルディアに守られるなんてな。ありがとう」


 横抱きにされ、額に口づけをされた。

 オデルからの口づけを甘んじて受け入れ、はたと気がつく。

 この場にはフロージェも両親もいた、と。

 シルディアはそれを見られたと、顔を真っ赤に染めた。

 恥ずかしさを紛らわせるため、シルディアは不審者へと目を向ける。

 気を失っている不審者に怪我はないようで、胸をなでおろす。


「……ねぇ。狙われてるの気がついていたでしょ」

「んー?」

「…………はぁ。まぁいいわ」


 シルディアはじとりと目を向けるが、にこにことしたオデルは全く気にしていない。


「とりあえず、彼には退場してもらおうか」


 その一言でシルディアの視界から不審者が消えた。

 どうやら魔法を使って移動させたようだ。


(きっと、移動先は地下牢ね)


 そんなことを考えていると、オデルはシルディアを抱えたまま、フロージェに向き直った。


「気はすんだか? 妖精姫」

「っ、気がすむわけないでしょ!?」


 悔しそうに顔を歪めるフロージェは、脊髄反射で答えているのだろう。

 彼女はハッとした表情をして視線を逸した。

 きっとフロージェは振り上げた拳の下ろしどころが分からないだけだ。

 怒られて拗ねているような彼女に、シルディアは語りかける。


「フロージェ。私はこれからもオデルと一緒にいたいの」

「お、お姉様……」

「でも他国にはフロージェが二人いたように見えているわよね。このままじゃ私はオデルと結婚できないわ」

「でもくそトカゲそいつがっ……!!」

「フロージェは私に幸せになってほしくないの?」

「! そんなことない!!」


 言い切った後、ばっと口を塞いだフロージェに、シルディアは苦笑する。


(我ながらすごく狡い言い方ね)


 眉を下げながらフロージェに視線を向ければ、登りきっていた血が降りたのが見て取れた。

 オデルは成り行きを見守ることにしたのか黙っている。


「じゃあ、私とオデルの結婚を認めてくれると嬉しいわ。……ね?」


 シルディアが眉を下げながら笑えば、フロージェは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

 彼女の決断を、固唾を呑んで見守る。


「――――お姉様がそこまで言うなら」

「! フロージェ!」

「でも! 今後お姉様を一度でも泣かせたら容赦しないんだから!! 覚悟しといてよね!」

「あぁ。二度とシルディアを泣かせない」

「その言葉。違えるんじゃないわよ!」


 ビシッ! と指を差したフロージェはそう言うと、アルムヘイヤ国王夫妻の元へと戻って行った。




 次の日。

 フロージェがシルディアを自分の姉だと宣言した。

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