復讐の誓い

 アトゥームたちは森の中を進んだ。


 仲間の居る所まで三日馬で進めば辿り着ける。


 二日間は何事も起こらなかった。


 三日目、あと二時間も進めば森外れという所で、カッツが異変に気付いた。


「坊や――」言葉の終わらぬ内に火の玉が飛んできた。


 二人は危うい所で馬から飛び降りる。


 火球が炸裂した――大火傷を負った馬たちが倒れる。


 激しくいなないて立ち上がろうとするが、そこに魔法の矢が撃ち込まれる。


 二頭の馬は即死した。


 敵は音を頼りに攻撃している――そう悟ったカッツは手信号でアトゥームに指示を出す。


〝自分が一旦囮になる。その間に敵の位置を探れ〟


 アトゥームは了解の合図をすると矢の飛んできた方向を注視する。


 カッツは立ち上がると故意に枝を踏みしだきながら数歩だけ走った。


 敵の反撃がある前にしゃがみ込む――筈だった。


 攻撃は予想以上に早かった――カッツは脚を射抜かれる。


 アトゥームはようやく敵を見つけた、茶色の法衣ローブに身を包んだ魔法使い。


 矢をつがえると慎重に狙いを定める。


 一呼吸の後、矢を放った。


 狙い違わず相手の胸に命中する、敵魔法使いは倒れ込んだ。


 アトゥームはカッツに駆け寄ると布で止血した。


 胴体でなかったのは幸いだった。


「敵は――」


「倒した」アトゥームは手短に言う。


「もう少しだってのについてない」カッツが無念そうに言う。


 肩を貸して歩かせたりするのは無理だ、アトゥームはそう判断した。


 アトゥームは自分の鎧を脱ぐと、カッツの鎧も脱がせた。


 背中に背負って運んでいくしかない。


 合切袋の中身も必要なものだけに絞る。


 金も高価な宝石だけを持ち、銀貨は置いていく事にした。


 アトゥームは気合もろともカッツを背負うと木々の少ない方へと歩き出した。


「傭兵団であんたと出会った頃の事を思い出すよ――」アトゥームはカッツを励まそうと歩きながら話し出した。


 その時、背後で火球の魔法が炸裂した。


 アトゥームは死を覚悟した、敵はまだ死んでいなかったのだ。


 しかし敵は目測を誤ったのだろう、爆風が吹き付けたが、それだけだった。


 振り返ったアトゥームは見た、最期の魔法を唱えた敵がこと切れるのを。


 もう大丈夫だろう。


 アトゥームはカッツを背負い直すと再び歩き出す。


 森の外に出るまで、話詰めだった。


 カッツは無言だった――多分眠ったか、よく話す事があると呆れているのだろう。


 数時間も歩いて、天幕を見つけた。


 見知った軍医の顔もある、味方だ。


 歩きながら危険が無いか確かめる。


「軍医――」アトゥームは声をかける。


「無事だったのか。隊長は? 」


「それは後です。軍医。まずはカッツを」アトゥームはカッツを降ろすと傍らに座り込んだ。


「その必要は無いよ。アトゥーム」


「どういう事です」


「もう死んでる。一刻も前に息を引き取ってるよ」


「馬鹿な。ずっと運んで来たんです。そんな筈はない。寝ているだけでしょう。腿の傷位で死ぬなんて有り得ない」アトゥームは信じられないという口調だった。


「なあ、カッツ」


 返事はなかった。


 カッツは目を見開いていた。


 背中に太い枝が刺さっている事に気付く。


「カッツ! 」


「スタニスウラス=カチンスキー副長は死んだ」軍医は冷静に言った。


「生き残った者は君以外にいるか? 」


「いません――隊長も死にました」アトゥームは呆然と答えた。


「我々は帝国に落ち延びる。皇国出身の者はここから故郷に戻る予定だ。君はどうする」


「カッツの家族への報告が終わったら、皇都ネクラナルに向かいます――戦皇リジナスに一泡吹かせないと気が済まない」


「無理はするな。カッツなら君に死ねとは言うまい」


「分かってます。隊長の形見は――」


「ほとぼりが冷めるまでは渡せないだろう。我々が預かっておく」


「頼みます」アトゥームは疲れ切った声でそれだけ口にした。


 アトゥームは三日彼らの元で休息を取ると、カッツの家へと赴いた。


 家族は既に覚悟していた。


 傭兵団が裏切られた事は帝国ではあっという間に噂となっていた。


 引き留める遺族を振り切る様にアトゥームは皇都に向かった。


 途中ラウルの在籍する大学に寄り、互いの近況を交わし合う。


 ラウルはアトゥームの覚悟を聞いて絶句した。


「止めはしないよ。だけど戦皇を倒すなんて――」


「一矢報わないと死んでいった者が救われない。分かってくれとは言わない」


 こういう時のアトゥームには何を言っても無駄だ、ラウルはその事をよく知っていた。


「これを――」ラウルは魔法の掛かった指輪をアトゥームに渡した。


「義兄さんが動揺に襲われた時に知らせてくれる指輪。念話テレパシー程細かい事は伝わらないけどその分遠い距離でも使えるから。きっと役立つ筈」


 ラウルは更に魔法の掛かった黒い板金鎧プレートメイルをアトゥームに贈った。


「最高級とは言わないけどそこらの騎士団の魔法鎧より上物だよ。だけどくれぐれも無茶はしないで。退くべき時には退く――」


「ガルディン爺の言ってた事だ。肝に銘じてるよ」


 ――ラウルは心配を消し去る事は出来なかった、皇都でアトゥームは運命的な――皮肉な出会いをするのだがこの時の二人はそれを知る由も無かった。


 *   *   *


「しけた村だな。エルフ共なら魔法の品を山の様に貯め込んでいると思ったが。まあ国を持たぬ劣等種族なら貧乏なのも無理は無いか。一説には西の彼方に鼻持ちならない王国を築いているとも言うがな」


 黄金色の全身板金鎧フルプレートメイルに身を包んだ少年といっていい男が周りを同じく金色の鎧に身を包まれた男たちに守られながら歩く。


 少年は短めのくすんだ金髪に、碧い瞳、がっしりとした体格だった。


 木々が焼けた匂いが立ち込めていた。


「裏切り者ミシェルの奴は確実に仕留めたんだろうな。父皇様の恭順要請にも応じないとは不敬な奴だ」


「それをこれから確かめるのです。殿下。敵襲があるやもしれません。余り――」近衛と思しき年かさの騎士が言う。


「ああ、ああ、分かってる。うるさいな」


 木々の間を抜けると、焼け焦げた大木を見つけた。


「これはまた大きいな」殿下と呼ばれた少年は額に手をかざした。


「ここに〝裏切り者〟の遺体がありますな」瘦せぎすの法衣ローブの男が言上した。


「掘り返せ。晒しものにするのだ。皇国に逆らう者はアリ一匹とて許さぬとな」


「殿下、それは――」ミシェルの傭兵隊の陣羽織を着た男が嘆願する。


「お前は主人を裏切った。そんな奴の言う事を聞く人間が居ると思うか。それに人質はいまだ我が手にあるのだぞ」


 元傭兵は唇をかんだ。


「やれ、財宝やエルフ女の死体も手に入れば言う事無しだ。この特別軍事作戦は目障りなエルフ共を地上から一匹残らず駆逐する輝かしき第一歩だ」


「壮大な野望ですな」近衛騎士は皮肉を交えたのだが彼の主人は気付かなかった。


「偉大な事業だ」


「見事に作戦は成功しましたな。流石はエレオナアル殿下」魔術師がおべっかを使う。


「流石我ら戦皇家の祖にして創造神ヴアルスは霊験あらたかだ。勇者ショウにも見せてやりたかったな。この光景は我ら人類の勝利の始まりだ」


 地面から次々とエルフたちの遺体が掘り出される。


 その光景を見てエレオナアルと呼ばれた少年は歯をむき出して笑った。

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