第4話 辺境の役割を知ってしまった

 アタシを片手で縦抱きにしたまま、旦那様は危なげなく階段を降りていく。


 自分で歩きたかったけど、そういえばアタシくつ、ぬいでたわ。


 しかも、細い階段をしばらく下りると、大きな螺旋階段、と言っていいのかわからないくらい、広い円の内側をぐるりとゆるやかに続いているような階段になった。


 旦那様は迷いのない足取りで、規則正しい足音を響かせている。けど、この階段、壁が片側にしかなく、反対側が闇なのだ。落ちそうな恐怖を感じたアタシは、しがみつくので精一杯。


 灯りは旦那様が持つムーディな物のみなので、先も底も見えないし、誰かいるような気配もない。


 いや待って? どこまで行くの?

 まさかとは思うけど、いきなり地下に監禁とかナイよね? なんかの生贄もノーサンキューだからね?


「旦那様、今どちらに向かっているのですか?」


「両親のところだ」


 え。

 前辺境伯夫妻は魔物に倒され、当時、十四歳だった旦那様が辺境伯を継いだと聞いている。


 ということは、ここは領主一族の墓地につながる秘密通路?


 ひんやりした空気を感じた気がして、ぶるりと体が震えた。


 そう言えば今のアタシは薄着もたいがいな格好だった。お墓参りにしても失礼にあたるのでは?


「こんな格好でよろしいのですか?」


「問題ない」


 いやまぁ今更どうしようもないけれども! 行くなら先に教えて欲しかった。もっとマトモな格好で歩いてきたのに。ご両親の墓参りがセクシーランジェリーって……。

 なんとかしたいけど、旦那様のガウンを借りたら、旦那様が防御力ゼロになるし。


 あわあわしている間に、旦那様の足音が止まっていた。


 旦那様が持っていた灯りを、台に置いたとたん、ゆらりと、あたり一面に無数の黒い影が浮かび上がった。


「ひっ」


 亡霊かと思ったら、うっすら光っているのは床で、無数の石像が光る床に立ち並んでいるだけだった。


 いや、『だけ』というには数が多すぎるし。アタシが見える範囲だけど、石像のポーズが、必死に走る姿、身を守る姿で。表情も、恐怖とか、悔しいとか。笑顔がひとつもない。

 お墓の副葬品にしては趣味が悪すぎる。

 

「まるで戦ってる最中に石化されたみたいな生々しさですのね」


「その通り。こちらが私の両親だ」


 旦那様は、男性が女性を守る様子の石像二体を紹介してくれた。


「解術しようとはしているが、まだ方法がわからず、できていない」


 確かにその石像は、肖像画で見た、前辺境伯夫妻の顔と似ているけれども。


「ここからはボクが説明するヨ」


 ピンポン玉くらいの光が石像の前に現れて、まぶしさに閉じた目を開いたら、光は手のひらに乗るくらいの小さな人型になっていた。


 え、妖精?

 この世界にそんな存在がいたんだ?


「辺境はボクらを手伝ってくれてるんだヨ。ボクらは長い間、二手にわかれて競っていてネ? 片方が勝てば土地の恵みが減ル。片方が勝てばボクらの恩恵を受けられル。ボクらはこの遊びを気に入っているかラ、付き合ってくれたヒトを壊しはしないヨ」


 天女か乙姫様を連想させる羽衣はごろもを絡ませた小さな人型が、空中でえらそうに胸を張る。


 小さいけど、恩恵を増減できる土地神みたいな存在? でもフタテにわかれてるってことは。

 

「貴方がたはたくさんいらっしゃるのですね?」


「それはもうたくさんいるヨ。ボクらは森から生まれて森から離れられないケド、森で産まれた動物と、森の木から作られた言枝コトエには入れル」


 そうそう。ラップの芯みたいな筒型の専用武器の名前はコトエだった。


 言われてみれば、さっきの光、コトエから出る光と同じだ!


 ってことは、いや、でも。


「もしかして、貴方がたが魔物なのですか?」


「正確には、動物に入り込んだボクらをヒトは魔物と呼ぶネ。言枝コトエから飛ばされたボクらは、入り込んだボクらを動物からはじき飛ばせるヨ」


 つまり、魔物側と人間側にわかれて、土地神同士で争ってるってこと?


「では、こちらにある石像は?」


「ヒトを壊さないように、ボクらが勝った証として固めたモノだヨ。戻す方法はあるけど、それは自力で探してネ。ボクらの勝敗に関わるから、ボクからは教えられなイ」


 土地神が争うのは仕方ないとしても、同じ国でありながら、王都や他の領ではここまで魔物が出ないのに。

 

「どうして辺境だけ」


「ヒトから希望されたからだヨ。最初は全土に出現していたラ、辺境だけにしてほしいっテ」


「……何十年も決着がつかないのは?」


「ボクらは、辺境にいるヒトをみんな石にするか、魔物が殲滅されたら終わるつもりだったんだヨ? でも、辺境にはヒトが補充されル」


 それはそうだ。

 兵士が減れば派遣されるし、アタシみたいに嫁入り、子供ができたり移住したりもある。


 でも、公爵令嬢のアタシも知らなかったくらいだから、土地神との取り決めを知らないだけなんじゃ?

 いや、さすがに王族は知らないわけないか。まさか、負けないように粘ってるとか? うわ、ありそう。


「終わらせたくないのは、ヒトもこの遊びを気に入ったからだよネ? ボクらは優しいから、日が沈んでから次の日の出までは休憩時間にしてあげたヨ。これでまだまだ遊べるネ」


「…………」


 ツッコミどころが多すぎて追いつかないんだけど。


 全土は困るから辺境に限った判断はわかる。

 ただそこらへんの内情が、人間側にうまく伝わってないような気が。詳しい人間が石にされたかで途絶えちゃったのかも?


 聞いてる限り、土地神側に深い理由はなさそう。ただ楽しいから、魔物側ヒト側にわかれてるだけみたい。

 辺境は土地神の盤上で、アタシたちはコマってことで。


 それは仕方ないにしても、辺境の扱いがヒドくない?

 もっと王国が一丸いちがんとなって挑んでもいい案件だと思うんだけど。


 むぅっと眉をよせたのはアタシだけで、旦那様は無反応だ。


 そりゃ辺境伯である旦那様はとっくに知ってたよね。

 知ってたから、気まずくて、アタシと目を合わせられなかった?


 アタシは縦抱きにされたまま、旦那様の顔をうかがった。

 相変わらず整った横顔……ちょ、待って、この顔!


 旦那様にしがみついていた腕を離して、旦那様の顔をかくしていた無造作ヘアをかきあげる。


「この顔……シズカさん? どうして?」


「それが貴女の想い人の名か」


 初めて目があった旦那様は、前世の憧れの人の顔で無表情な声を出した。


 

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