6 放課後カフェタイム



「はあ、ようやく終わった~」

「よっしゃ。早く部活に行こうぜ」

 

 終業のチャイムが鳴って、一気に息を生き返すクラスメートたち。

 そんな何処か懐かしい光景を俺はただぼんやりと眺めていた。

 

 空ヶ丘高校の転校初日は実に滞りなく終わった。

 何故か理解できる授業、志穂とひなたという新しい友達。午後からはちょくちょく別のクラスメートも話しかけてくれるようになったし、最初のあれを考えれば大分持ち直したと考えていいだろう。

 ……最も、根本の問題は何一つ解決していないんだけど。

 

「手伝わなくても、本当に良いんだよな?」


 無言で立ち上がった、隣のキャロに投げかける。

 それに彼女は僅かに視線を寄越すと、荒っぽく学生鞄を肩に担いだ。


「お前なんかの助けは必要ないのよ。

 ・私の夜の19:00までにあの森に戻る。

 ・私の緊急招集に応じる。

 この二つさえ破らなければ、後は好きにしてくれればいいかしら」


「はいはい、わかったよ。

 それじゃあまたな、キャロ」


 自由を与えてくれるなら、特に言うことはない。

 ひらひらと手を振る俺に、鼻を鳴らして去っていくキャロ。

 彼女は教室を出たところで志穂とひなたと一言二言言葉を交わし、本当に姿を消した。残されたのは、肩を落としてこちらに近づいてくる二人。


「三人でなにを話していたの?」


「連絡先を聞いてみたんだ~。まあ教えてはもらえなかったけど」


「ざんねん。まだ好感度が足りませんってやつだな」


 ぎこちなく笑う志穂の横で、訳知り顔で頷くひなた。

 うう、うちのご主人様が申し訳ない。後でしっかり叱っておきますから、これからも仲よくしてくれると嬉しいです(無理)。


 ……そーいや通信関連そこらへんはどうなってんだろ?

 そもそもキャロはスマホとか持っているのかね? 

 思い返してみると、それらしき機械を見たのは最初くらいしかない。俺も今は教科書くらいしか持ち物がないし……。


 って、そうじゃん。スマホが無かったら緊急招集とやらも受けられないやん。 

 あれ、もしかしてキャロも忘れていた感じ? だったらーー


『何を舞い上がってるのよ? お前は私のアンドロイド、当然通信機能くらいついているかしら。

 ついでに言えばお前の五感や思考は常時モニタリングしているから、謀反なんて起こしても無駄なのよ。肝に銘じておくことね、奴隷』


 脳髄の奥が熱を帯びるような感覚と共に、頭の中にキャロの声がこだまする。

 慌てて周りを探ってみるものの、彼女の姿は影も形もない。全く以て信じたくないけれど、信じるほかないだろう。


 常時モニタリングってまじかあ……。

 おいこら、それじゃあ女の子とにゃんにゃんできないじゃないかっ。少しばかりの夢を、プライバシーを要求するっ。


『……』


「?? どうしたんだ? そんな血走った目で……。

 はっ、まさかアンを追ってきた暗殺者でも見つけたか? 大丈夫だ、アン。あたしが守ってやるからなっ」


 呆れた雰囲気で通信が切れると同時、何やら愉快な動きで周囲を警戒し始めるひなた。うーむ、ひなたとはうまい酒が飲めそう。


 と、それはともかくだ。今は適当に誤魔化さないと。


「いや実はさ、わたしたちまだスマホを持ってないんだ。

 ほら、海外の奴だと手続きとか色々面倒で……」


 「あーそっか」と何の裏もなく頷く二人に、胸が痛くなる。

 口を開くたびに積み重ねられていく嘘。いつか本当の事を話せる日が来るんかね。でもそうなったら多分俺は俺じゃなくなってるだよなあ。

 

 突如湧き上がってきた感傷。

 それに浸る前に、ひなたが天真爛漫な笑顔で手を上げた。


「それじゃ、早速……Snow's cafeにレッツゴーだぞっ」



 


「へえ、ここがSnow's cafe。

 看板がないと普通の家にしか見えないね」


「うん、実はリビングとかがあった一階を改造して今の形にしたんだ~。

 隠れ家的なカフェをまとめた雑誌で取り上げられたこともあるんだよ」


 駅前の路地を一つ二つ曲がってやってきたのは志穂の家。

 「Snow’s cafe」と銘打たれたそこはどうやら一階はカフェ、二階は志穂たちの住居という形態で運営されているらしい。

 志穂が意気揚々と扉を開けた先は、一気に店らしい光景が広がった。


 入り口正面に見えるのはカウンターとキッチンが詰まった空間。その横には、5つくらいのテーブル席と8人分くらいのカウンター席が並ぶ大きな空間も見えた。

 全体を白系統の色が統一して清潔感を醸し出しながらも、決して万人を拒みはしない。そこかしこに覗く家の名残りがどこか温かな感情を抱かせる。


 そんなおしゃれさと家庭的な質素さが同居した不思議な空間に圧倒されていると、カウンターに座っていた女性が眉を上げた。


「この娘が転校生っていうアン・ドローゼか?

 へえ、随分と別嬪さんじゃねえか。よくうちに引っ張ってくれたな。これだけ可愛けりゃ、ガキどもが放っておかないだろ?」


「大丈夫だぞ、理穂ねえ。アンの自己紹介は凄かったからな。

 あたしたち以外近づこうとすらしかなかったぞ」


「……なにやったんだよ、あんた?

 余程の事をしなけりゃあ、転校生なんか引っ張りだこだろ?」


「あ、あはは」


 そのよほどのことがあったんですよ、と乾いた笑みを返す。

 最早あれは黒歴史。記憶の底から一生出ないでほしいものである。


 にしても多分この人が、理穂さんーー志穂のお姉さんなんだよな?

 歳は20代後半くらいだろうか。ぼさぼさの髪やしわくちゃの黒いエプロン、不愛想な表情などもあって、かなり志穂と印象が違う。

 あ、でも顔のパーツやら髪色やら一応面影はあるか。髪の方はかなりくすんで黒っぽくなっているけれども。


 やがて理穂さんは何やら茶色物体が乗った皿を取り出した。


「ほれ、これがご所望のカリーヴルストだ。

 メニューに加わるかも分からんし、食べ終わったら一応感想も聞かせてくれ」


「わかった。味見係は任せろだぞっ」


「ありがとう。ごめんね、お姉ちゃん。

 突然こんなこと頼んじゃって……」


「構わん構わん。丁度材料もあったし、どうせ暇だったからな」


「う、それはもうちょっと構ってほしいなあ……」


 当たり前のように皿を受け取って、横へ向かうひなたと志穂。

 どうやら本当に無料で食べさせてくれるらしい。ありがとうございます、と頭を下げて俺も二人に付いて行く。

 何だか申し訳ないけど、役得と思って甘えさせてもらおう。お金ないし。友達優待ばんざいっ。


「いただきまーす」

 

 仕事終わりにはまだ早いのか、横の空間では一組の老夫婦がテーブル席で和やかなに談笑しているだけだった。

 俺たちはその内の一つに座り、理穂さんにもらったそれを食べ始める。


 小切りになったソーセージを爪楊枝でつまみ、おいしいおいしい、と頬をほころばせる二人。

 俺もそれを恐る恐る口に運んで、予想通りの味に肩を落とした。

 キャロの話によれば、どうやらこの体に十分な味覚は備わっていないらしいのだ。俺が分かるのは大雑把な味だけ。例えばこれなんかは辛いという味覚に完全に支配されていて、ソーセージ本来のジューシーさとかは一切感じ取れない。

 なんというか、「辛い」とか「甘い」とかの味が付いた調味料でも舐めている気分だ。


「あれ、いまいちだった?」


「い、いや。普通に好きだよ。

 ただ美味しすぎて一周まわっちゃったみたいな……」


「? そ、そうなんだ……?」


 俺の適当発言に、志穂がぎこちない笑みを作る。

 申し訳ねえなあ、折角作ってくれたのに。これも全部、キャロ・ネヴィルってやつが悪いんだ。いやでも、彼女だって今の状況を望んだわけじゃないし……。


 あーいかんいかん。

 何か思考がネガティブに引っ張られてる。意外と美味しいご飯が食べれるっていうのも馬鹿にならないかもしれないな。


「アンはずっと無表情だからな。

 何考えてるか、正直分からないぞ?」


「確かに。

 最初、真顔であんなこと言うから余計に驚いちゃったんだもん」


「あ、そうなんだ」


 まじか。全然気が付かなかった。

 アンドロイドだから表情筋が実装されてないとかそんな感じかね? え、だとしたら結構やばくないか?


「どう? わたし笑えてる……?」


「「……」」


 精一杯口角を上げてみるものの、二人は目と口のまん丸にするばかり。

 まあそうだろうね、現実でそんな事言う人ほとんどいないもんなっ。俺なんか自分でやってて恥ずかしかったもん。


「い、今の冗談だったのかな? 笑った方がよかった?」


「いや違うぞ。あたしには分かる。

 あれは感情を失ったアンドロイドごっこだっ」


 声をすぼめて話す二人に、かあっと頬が赤くなる(多分幻覚)。

 さ、流石にそれは恥ずかしすぎるって。しかも何か微妙に掠ってるし。


「あのっ、二人は良いバイト先を知っていたりしない?

 わたしの親、結構厳しくて今月結構かつかつなんだ」


「うーん、バイトかあ……」


 話題転換かつ志穂にお金を返さねばならない、という思いで発した言葉に二人して首を捻らせる。

 まあ普通の高校生にそんな伝手ないよなあ、と切り上げようとしたところで――


「それならここでバイトしてもらったらどうだ?

 シフトとかも融通効くし、見知った顔がいた方がこの娘もやりやすいだろ」


「あ、お姉ちゃん」


 ――意外なところから助け船が来たのだった。






「因みにこれがうちの制服だ」


「え〝」


 ただ彼女の提案を了承した後、予想以上に可愛らしいフリフリした制服に速攻で意を翻したくなったのはまた別のお話。

 

 

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