第3話 たどり着いたら作品世界――①

 マシュー・クロムハートってのは、俺が昔読んだファンタジー漫画のキャラだ。

 タイトルは確か『辺境追放の最強魔道士』。

 その後もクソ長い副題みたいなのがついてて、「チート」だの「無双」だのといった単語が太文字で表紙を飾っていたが、さすがに全部は覚えちゃいない。

 作者の名前もロクに覚えていない。原作と作画がそれぞれクレジットされていたが、原作者はイニシャルだけで、作画は「くじら」だったか「きくらげ」だったか……何か一般名詞っぽいペンネームで、どうにも印象に残っていない。


 とにかく、舞台は、ブルーム大陸東部のプランタ王国という、中世ヨーロッパ風の異世界。

 剣に魔法にスキル、ダンジョンにモンスター、魔石に魔道具に古代遺物レガシィ、冒険者に冒険者ギルド、王族に貴族に平民に奴隷、エルフに獣人……などなどが普通に存在する異世界。

 主人公は、トーヤ・ベンソンという、十六歳の少年。

 王国の北の最果ての地、ベンダーラ村の赤貧の孤児院兼教会で育てられた子だ。

 魔法の才能があったトーヤは、都会で一旗あげて、収入の幾らかをこの毎日の食事にも困っている孤児院に寄付しようと、冒険者になることを決意する。


 この世界には数多くのダンジョンが点在し、その中でモンスターが発生する。

 何でもブルーム大陸では遙か昔、超がつくほどの古代文明が栄えていたらしく、ダンジョンは古代文明人が建造したものらしい。

 この世界でも犬やら猫やら羊やら、俺たちが知ってる動物が普通にいるが、モンスターが動物と決定的に違うのは、死んでも死骸にはならず、血肉が蒸発して魔石になること。

 この魔石が、王国の光熱他のインフラを支えている貴重なエネルギー資源となっている。まあ、例えて言えばガスやら石炭やらって感じかな。

 ダンジョンに潜ってモンスターを斃し、魔石を持ち帰る冒険者は、この国の欠かさざる一次生産者ってわけだ。

 多くの街で冒険者ギルドが組織され、一大産業になっているという設定だった。


 で、トーヤは村を旅立ち、王国最大級のダンジョンに隣接する冒険者の街ダッダリアにやってきて、勇者パーティ『星々の咆哮』の一員となる。その勇者パーティのリーダーが、マシュー・クロムハートだった。

 ちなみにこの漫画では、勇者ってのは、この世界に四本しかない「聖剣」の何れかに選ばれた者だけが名乗れる称号だ。


 トーヤは勇者パーティで魔道士として働く他に、いろいろと雑用を仰せつかることもあったが、新人でパーティの最年少ならそんなもんだろうと、特に苦にはしなかった。

 そんなある日――雪が降りしきる日であったが――事件が起こる。

 ダンジョンの探索中、不手際からマシューが危うく大きな傷を負いそうになった。

 マシューは、この不手際の原因がトーヤであると、帰還後、酔いの勢いも加わって、彼をボコボコにぶん殴る。

 この後ストーリーが進むにつれ絶大な力を手に入れるトーヤだが、この時点ではまだひよっこ、手も足も出せずにやられまくる。

 異変に気づいた他のパーティメンバーがこのままでは殺しちまうぞと止めに入り、何とか暴行の嵐は終了するが、マシューはトーヤに投げつけるのだ。この手の作品ではお馴染みの言葉を。

「オマエはクビだッ!!」


 かくして『星々の咆哮』を追放され――いや追放されなくてもこんな酒席パワハラ上司の下ではやっていけねえだろうと思うが、傷だらけのトーヤは雪のダッダリアの街に放り出される。

 勇者パーティ追放の悪評が立ってしまえば、この街で他の冒険者パーティに加入するのも難しいだろう。

 せっかく故郷のみんなが盛大に送り出してくれたのに、何一つ事を成し遂げられないのか……

 絶望感と、寒さと、傷の痛みの三点セットに見舞われ、トーヤは危うく行き倒れになりそうになる。

 でもそこに、救いの手がやってくるんだよな。美少女が! 幼なじみが!!

 名前はモエリィ・トローエン。ピンクのツインテールの髪型に、緑の瞳をもつ美少女、本作のメインヒロイン。

 体つきは華奢だが、それが却って庇護欲をかき立てる感じだ。

 トーヤと同じ孤児院で育った同い年の彼女、さしたる魔力もスキルも持たないのに冒険者になって、トーヤの後を追いかけてこの街までやって来た。うーん、めっちゃ健気。

 感動の再会の後、傷の手当てをしながら今までの経緯を聞き、モエリィは大いに憤慨するが、もはやこの街では状況が変わりそうにないと悟ると、一旦故郷くにに帰ってのんびりしよっ、と提案する。


 トーヤはモエリィと共にベンダーラ村に戻り、しばらくは二人で村付近のフィールドで、低レベルモンスターを狩ったり薬草を採取したりで過ごすことにした。数ヶ月後のある日、薬草を採りにいった渓谷で、三匹のハーピーに襲撃される。

 モンスターはダンジョンで生まれるのだが、たまにダンジョン外に逃げ出し、外の環境で繁殖、つまり野生化していることがある。

 それでもベンダーラ村の周辺には、スライムやコボルトくらいしかいなかったはずなのだが、相手が鳥ではそんなの関係ない。

 トーヤはともかく、モエリィにとってはきつい相手だ。途端に大ピンチ。

 好きなを救おうと必死になって――トーヤの体に眠っていた膨大な量の魔力が覚醒した。

 火球ファイアボールを放つとそれが自分でも驚くほどの大火力になり、ハーピー三匹は一瞬のうちに丸焼きに。

 その様子を見たモエリィは、魔力が制御できなきゃ村が壊滅しちゃうわと、彼女に一通りの冒険者の手ほどきをした村はずれに住む老人、元冒険者のレヴン・シュナイダーに師事することを勧める。昔は相当鳴らしたらしい。剣も魔法も、どちらも一級の人物だ。


 多少偏屈入っている老人のため、すったもんだはあったものの、トーヤはレヴンの弟子となり、その指導の下、冒険者として、そして魔道士としてめきめき成長する。

 近隣の街で幾つかクエストをこなした後、卒業試験とばかりに、レヴンは二人をマンジューシャという、南のジャングルの中にあるダンジョンに連れ出す。

 トーヤはそこで、ダンジョンボスのブラックキマイラを斃し、ある古代遺物レガシィを入手する。

 古代遺物レガシィってのは、ダンジョンに残されている、古代文明人が造った魔道具のこと。並の人間では使えない物も多いが、もし使用可能であれば、その威力は現代の魔道具とは比べものにならない。古代遺物レガシィ入手目当てにダンジョンに入る冒険者も多いのだ。

 トーヤが手に入れたのは、その名も「七星の聖杖アストラル・ロッド」。炎、水、雷……など、七つの属性の最上級魔法が使用できるという、とんでもない代物だ。


 こうして彼は完全なチート級魔道士と化し、向かうところ敵なしの快進撃が始まる。

 それに連れて、仲間が二人増える。強力なうえに、いずれも負けず劣らずの美女、美少女。

 一人はトーヤに匹敵する魔力量を有し、一見清楚でおしとやかに見えるが、実はそうでもないんじゃないか疑惑がある聖女、アンヌ=プリシラ・ヴォルギー二。年齢は十七歳、髪はふんわりウエーブかかった黄金色のセミロング。で、巨乳(ややぽっちゃり)。

 もう一人は、ソロの冒険者ながらSランクの実力を持ち、独狐ローンフォックスの異名をとるダークエルフの剣士、ルーシェ・ローラン。こちらはちょっと年上のお姉さん。銀髪のストレートロングの髪型で、耳はお約束のとんがり耳。で、スタイル抜群。

 モエリィも入れて、男一人に美女あーんど美少女三人のさながらハーレム状態だ。うらやましいぞチクショー。

 あ、そこのキミ、何で男の子は仲間にならないのかなどという素人丸出しの質問はしちゃだめだぞ。

 モエリィによって『空飛ぶ山猫』と名付けられた四人のパーティーは、冒険者業界の中で頭角を現し、やがてその名声は、ダッダリアや王都ゴールドリマまで響くようになっていった。


 その一方で、マシューたち『星々の咆哮』は、クエストの失敗が続いていた。

 大体、一人メンバーが減ったのに後釜を入れていない。この時点でアホなのか? とツッコミを入れたくなるが、理由があった。

 実は、酔っ払ってメンバーを半殺しにした一件が知れ渡り、新メンバーを募集しても、応える者はいなかったのだ。

 追放劇が致命的だったのは、トーヤではなく、こちらの方だったんだな。

 マシューはますます酒浸りになり、すさみきっていく。


 とあるダンジョンでたまたま『空飛ぶ山猫』と一緒になった彼らは、トーヤたちがモンスターを討伐して手に入れた大量の魔石を横取りしようとして、コテンパンに返り討ちに遭うといった、何とも情けないエピソードもあった。

 しかもその回では、主人公トーヤはこれに気づかない。ヒロインちゃん三人だけで撃退されてしまうという筋立てで、情けなさもここに極まれりである。

 いやいや、何か勇者に恨みでもあるんか? 作者さんよ……


 そして、決定的な事件が勃発する――

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