異世界魔法と二つのシッポ

@cocochibi

第1話

まただ……


ぽたっ……ぽたっ……と雫が頬をつたって落ちる音で目が覚める。


その雫が流れ出しているのは、いつも私の左目からだった。


いつからだろうか? 私の意思とは関係なく左目から涙が溢れるようになったのは。


私はこの左目が嫌いだった。


この左目のせいでいままで色々酷い目にあってきた。


現に今こうして手足を鎖と杭で岩壁に固定され、牢に閉じ込められているのもこの左目のせいだった。


もう、どれくらいの間こうしているかは覚えていない。正確には分からないが正しい。


なぜなら、ここ地下牢では情報の一切は何も入ってこないから。唯一の世間との関わりと言えば、一日一回見回りにくる監視員くらいだった。


閉じ込められて間もない頃は、監視員が来た回数を数えていたけど、千を超えたぐらいでバカバカしくなってやめてしまった。


いったい今はいつになったのだろう?


あくびをしながらそんなくだらないことを考えていたら、ふと遠くに灯りが見えた。


灯りは次第に遠のいていく。


どうやら私が眠っている間に見回りが来ていたらしい。


興味本位でそちらに耳をかたむけてみると、珍しく監視員達が話をしていた。


取り決めなのだろうが、彼らは私の前では決して口を開かない。普段は帰る時もほぼ無言なのだが、どうやら私が寝ていたから油断したのだろう。


私は久しぶりに聞く人の声に興味をそそられて、耳を澄ませる。


「なぁ、本当にあの水溜りは掃除しなくていいのかよ」


「あぁ、別に一日しなくたってどうってことないだろ。それに、お前だってあの魔女のそばに長くはいたくないだろ?」


「まあな。でも何か問題が起こったりしないか?」


「大丈夫だって。あそこは強力な魔法封じの結界がされてあるし。それに、何か起こるならもうとっくに起こっているって。一日や二日放置したぐらいじゃ、何も変わらないさ」


といった声が聞こえた。


下を見れば、確かに小さな水溜りがあった。


これは多分、寝ている間に私の左目が勝手に作ってしまったものだろう。


いつもは掃除されていたのだが、今日は放置されたままになっていた。


そして、いまもなお流れる滴は私の頬を伝って地面にあるその水溜りに落ちていく。


それからも涙は流れ続け、いつの間にか水溜りはかなりの大きさになっていた。


私は退屈しのぎに涙が落ちて、水溜りが跳ねる様子をずっと眺めていた。

 

いったい、どこまで大きくなるのかな?

 

ここまで大きくなるのを見たことがなかったので少し興味を示す。


すると、急に――


滴が跳ねた拍子にできた波紋が広がっていくのと同時に、波紋の起きた場所から順に水溜りが光り輝き出した。


その光の眩しさで目の前が真っ白になる。


「⁉」


突然の事に驚くが、身動きの取れない私にはどうしようもなかった。


次第に光は弱まり、私の目も徐々に明りに慣れてきて、少しずつ周りが見えるようになっていく。


「なに、この水溜り?」


改めて水溜まりを覗き込むと、そこには透き通る青色が写しだされていた。そしてその青の中には、白いフワフワしたものがゆっくりと横に流れていく。


その水溜りに映し出された景色は、昔はよく眺めていた懐かしいものだった。


「空だ!」


私は久しぶりに見る空の情景に思わず声を上げた。


すると不意に、その景色の中を何かが横から通り過ぎていった。

 

そして、それからもその現象は続き、何回も何かが空を左右に通り過ぎていく。

よく観察してみると、それはどうやら人だった。


なぜか何者かの足の裏が、次々に空を遮るように通り過ぎていく。


その映像はまるで地面から空を見ていて、次々に人に跨がれていくような映像だった。


推察するに、この水溜りはどこかにある水溜りからの景色を写し出しているのだろう。

「ん?」


さっきから見ているのだが、どうもおかしな点がいくつかある。


まず気になるのは、通り過ぎて行く人の数だ。


水溜りから見るだけで、もうすでに百は越えようかといった人が通り過ぎている。


かなり多くの人がこの場所を通り過ぎて行くのが分かるが、そんなに人が密集している場所を私は知らない。


次に、その人々の服装だ。


それは私が見たことものない服装ばかりだった。


そして、さらに不思議な点があった。彼らは集団で行動しているのか、一斉に通り過ぎて行ったかと思うと急に誰も来なくなり、いっとき待っているとまた一斉に通り過ぎる。それをさっきからずっと繰り返していた。


私は自分が長い間とじ込まれている間に、人々の生活はこんなにも変わってしまったのかと困惑する。


おじぃは元気だろうか?


と、育ての親への心配を浮かべたその時――


「⁉」


水溜りが再び激しく光り出して、私は目を開けていられなくなる。

私は目を閉じ、光が収まるのを待つ。


そしてしばらくすると、閉じたまぶたの先で光が収まったのを感じたので、まぶたをゆっくりと開けた。


しかし急に明るい光を見たせいか、まだ目は見えなかった。


すると突然、男の声が聞こえてきた。


「‼」


私は驚き、身を固くする。


目もようやく慣れてきて、目の前の光景に目丸くした。


なんと、目の前には見慣れない格好をした男の子がいたのだ。


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