★手を貸す理由

 地球が小さくなっていくのを見ながら、レオンは深くため息をついた。これで事件は解決した。恐ろしい殺人鬼は消え、平和な世の中が戻ってくることに安堵感を覚えた。


 レオンは、宇宙船の隅っこに追いやられている異種融合器を見た。装置のカプセルには少女が入れられたままだ。彼女は中で座り込み、静かに眠っている。前髪から覗く彼女のおでこはなめらかで、クモの目は一つも残っていなかった。少女がクモの体から解放された証だ。しかし、まだ狭い空間に閉じ込められている彼女をレオンは不憫に思った。


「なあ、シャドウ。あの子を出してあげないか。あんな窮屈な場所で眠るなんて可哀想だ」


「そうか? 超熟睡しているようにみえるぞ。それに害宙と融合した体のままだ。出した瞬間に害宙の本能が目覚めて、捕食される可能性もあるんだぞ」


「なら、先に害宙と分離させてあげようじゃないか。殺人の犯人は害宙なんだし」


「害宙を取りだしたら、絶対暴れ出すじゃないか。やだよ、また戦うなんて。責任持って一人で対処してくれるなら考えてもいいが」


「タコと戦っていたのは俺だぞ」


 お前は宇宙船の洗浄作業をしていただけじゃないかとレオンは心の中で文句を言った。するとシャドウは、レオンの気持ちを読み取ったかのように、手をひらひらとさせて自分の苦悩をアピールしだした。


「こっちはスミがなかなか取れなくて大変だったんだ。手でこすったぞ。手で。とにかく、あの女を出すのは害宙駆除センターに行ってからだ。害宙のことは専門家に任せようじゃないか」


 シャドウは突っかかるレオンを追い払うと、コンソールを操作しだし、ワープの準備に取りかかった。レオンは渋々と引き下がり、少女の側に移動した。彼女はワープがはじめてかもしれない。少しでも安心させようと、近くにいることにしたのだ。当の少女は眠っているが。


 シャドウがスイッチを押した。レオンの視界がぐにゃりと歪みだす。ぼーっとする思考の中でシャドウの声が聞こえる。


「おい、着いたぞ。ほんとにワープに弱いなお前は」


「うるさいな」


 肩をバシバシと叩いてくる手をレオンは止めると、立ち上がった。


「ここが害宙駆除センターか。はじめて来たかも」


 害宙駆除センターは宇宙空間に浮いていた。土星のような見た目で、ドーナツ状のリング施設の中央に球体の倉庫が存在している。噂によるとその倉庫には害宙を保管しているとか。


 ここで、少女と害宙を分離し、害宙の対処をセンターに任せようという計画だ。そのためには異種融合器が必要である。その装置を欲しがっていたはずのシャドウは、あっさりと手放すことを認めた。一体どういう心変わりなのか。レオンは聞いた。


「なあ、本当にこの異種融合器を引き取ってもかまわないのか? これが欲しくて俺を手伝ってくれたんだろう? あ、まさかセンターから奪うつもりなのか?」


 レオンの願いは少女と害宙の分離だ。それが終われば、異種融合器はもう必要ない。それを狙って盗む気なのだろうかとレオンは思った。レオンがわかっているような顔をしていたため、シャドウは顔を下げて頭を振ると、腕を組んでレオンを見下すように言った。


「レオンくん。さてはお前、馬鹿にしてるだろ?」


「馬鹿にしているのはそっちだ。でも、どういう心変わりか教えてくれないか?」


「心変わりも何も、現物見ればどういう構造かはわかる。それに実際使って仕組みも理解してた。つまり、いつでも製造可能なんだよ。あと、でかすぎて邪魔」


「なるほどね。でもそれはそれで、大問題だな」


 高い技術力を持つシャドウに取って、複製することは朝飯前のことなのだろう。その融合技術を何に使うかもわからない。しかし、それはいまさらかとレオンはシャドウのことを諦めた。どうせこの後も、姿をくらませるのだろう。レオンは、異種融合器を台車に乗せ、宇宙船の出入り口から伸びたスロープを下っていった。


 スロープから降りるギリギリでレオンは立ち止まり、振り返った。ずっと心に引っかかっていたことをシャドウに言うために。


「なあ、ずっと不思議に思っていたんだ。どうして俺をこんなにかまってくれるんだ。カビ星人の時も……。銀河姫の時だってそうだ。どうして俺を助けてくれるんだ?」


「なんでかなー」


 シャドウはそっぽを向いて、はぐらかそうとした。


「答えてくれ」


 レオンの眼差しにシャドウはどう答えようかと悩んでいた。そして、思い出したように、手をぽんと打つと、レオンに指を指してはっきりと答えた。


「ああ、そうだ! お前が馬鹿だからだよ」


「え、馬鹿?」


 急な悪口にレオンはぽかんと口が開く。シャドウは続けた。


「軟弱な種族のくせに突っ走っていくところが馬鹿らしくてな。あいつと同じようにいつか消滅しそうだから、つい手を貸してしまうだけだ」


「あいつ? 誰のことだよ」


 シャドウは、レオンを通して誰かを見ているようだった。しかし、レオンの質問に答えもせずに、宇宙船の扉を閉める。


「もうすぐ宇宙警察も来るんだろ。じゃあな」


 そう言って、シャドウは一気に宇宙船で飛び去った。


「おい、待って!」


 レオンの声は届かず、むなしく空に消えていった。

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