★少女のパパ

 黒ずんだ壁の前にたたずむ少女は、不敵な笑みを浮かべていた。糸から解き放たれたレオンは、少女の行動に注意しながら立ち上がった。レオンの首は熱がこもっている。手で押さえると、ドクドクと脈打つ感覚と生暖かい血が溢れている。レオンを助け起こしたスクワイトもレオンの怪我を見て、この状態で少女と戦うのは得策ではないと判断した。


「レオン、糸の弱点は判明したが、俺たちの火炎銃だけでは心許ない。ここは退くぞ」


「そうですね。出られる場所はありそうですか」


「窓だな」


 少女に聞こえないように声をひそめて二人は話した。少女から目を離さずにじりじりと後ろに下がった。そのまま近くの窓に近づいていこうとレオンは思った。


 古びた建物の窓は壊れており、外の景色が見えている。壊れ方から、ガラスや透明樹脂も割れていると思われる。レオンとスクワイトは窓からの脱出しようとしていた。


「あれー、逃げちゃうの? 私を逃しちゃうの? いくじなしー」


 少女はゆらゆらと体を揺らして、二人をからかった。


「腹立つが無視だ、無視」


 スクワイトは小声でレオンに言うと、レオンの体を抱え、窓に飛び込む準備を始めた。


 しかし、レオンは少女の余裕そうな態度に不安を覚えていた。なぜ、あんなに怒って逃さないとまで宣言した少女が、追いかける素振りをしないのか。今もニヤニヤとレオンたちを眺めているだけだ。カフェインで酔ったせいで頭が働いていないのかもしれない。


 レオンはもう一度、図鑑に書いてあったことを思い出した。クモは足が速い。追いつけると自信があるのだろうか。それなら、あの余裕な態度も納得できるが、それだけでは拭えない不安があった。


 スクワイトが壊れた窓の近くまで来ると、風が流れ込んでくるのを感じた。レオンは、チラッと窓の方を見た。


 壊れた窓から、青白く輝く星の光が、建物内を照らしている。建物の瓦礫が、窓枠の真ん中で不自然に引っかかっていた。キラリと光る糸が見えた。


「先輩、窓にも糸が張ってあります!」


「何だって!? くそっ」


 スクワイトはレオンの警告に、火炎銃を取り出した。窓の糸を燃やそうと、少女から目を離した。


「あー、ばれちゃった」


 少女のつまらなそうな声を聞いて、レオンは慌てて彼女の方を見た。しかし、そこには少女の姿がなかった。


「先輩、気をつけて! 少女が……」


 レオンが言い終わる前にスクワイトが悲鳴をあげた。


「うえええ!! 壁を走って……キモい! 足がいっぱいでキモい!」


 少女は壁をカサカサと8本の足で目にもとまらない速さで走り、レオンたちの頭上に飛びかかろうとしていた。スクワイトはレオンを抱えたまま、ギリギリで少女を避けた。


「うえー、走り方がキモいぞ、あの女。俺、無理」


「先輩も同じぐらいの手足で歩いてるじゃないですか。情けないこと言わないでください」


「同じにしないでくれ。それに俺の足はイケてるんだ」


 そんな会話をしていると、少女が割り込んできた。


「ちょっと、聞こえてますよー。女の子に面と向かってキモいとか失礼ね。あーあ、窓の罠に気づいちゃったか。もう、嫌になっちゃう」


 少女は髪の毛先をくるくるといじりながら、頬をふくらませた。窓に飛び込んで脱出する作戦が失敗したレオンとスクワイトは、相談をはじめた。


「よく、窓の糸に気が付いたな、レオン。しかしどうする、燃やしながら飛び出すか? 俺たちがこんがり焼けるかもしれないけど」


「いや、先輩。ここは俺たちの勝ちかもしれません」


 静かにとレオンは口に人差し指を当てて合図をした。ここにいる三人以外は誰もいない静かな廃墟だ。その場所で頭上から、宇宙船のモーター音が聞こえてきたのだ。それも一つではない。複数だ。宇宙船の音にスクワイトは元気を取り戻すと、まっすぐに指を少女に向けて言い放った。


「ああ、そうだった。おい、そこの害宙女! 俺が呼んだ応援が駆けつけてきたぞ。武器の種類も威力も桁違いだ。降参しろ!」


「あら、本当ね。私もここまでかー」


 少女は大きく伸びをした。8本の手足が大きく広がる。その時だった。


 急に大きな触手と共に建物の壁が破壊されたのだ。おまけに宇宙船から放たれたレーザー弾が降り注ぐ。その標的は、巨大な触手だった。


 壊れた建物から見える宇宙船は、宇宙警察ではなかった。つぎはぎだらけの宇宙船が多く、犯罪集団のシンボルが描かれていたりする。


 建物に侵入してきた巨大な触手は、少女の体に巻き付くと高く持ち上げた。少女は愛おしそうにその触手に頬ずりをした。


「パパー、お迎えありがとう。ちょーヤバかったんだ」


「アレがパパだって? そんな馬鹿な。だってアレは……」


 レオンは触手の正体に驚愕した。少女を掴む触手以外にも、何本もの触手が建物を壊していった。触手には吸盤があり、いくつも並んでいる。その姿はタコ。地球のタコそのものだ。ただ、大きさが建物以上の巨大なタコだった。


 レーザー弾はタコの体を貫き、足を切り落とした。だが、その空いた穴は瞬時に塞がり、切り落とされた足はひとりでに動き、宇宙船に絡みつこうと飛びかかっていく。切り落とされた箇所は新たな足が生え替わっていた。


 化け物だ。宇宙の化け物だ。レオンとスクワイトは、目の前のタコを見ることしか出来なかった。


 タコは地面を足で蹴り上げると、一気に宇宙へと飛び上がっていた。残された宇宙船もタコを追いかけるように去って行く。


 壮絶な光景から一転して辺りは静かになった。レオンとスクワイトは、しばらくその場を動くことは出来なかった。

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