第十話 常夜の魔女と闖入者


「気に入らんな」


 遠巻きにヒソヒソと話す邑人達に刀夜は不愉快そうに眉を僅かに寄せた。


 丹頼の案内で月門つきもんゆうへと入ったのだが、何故か刀夜達は敵意ある視線に晒されていた。


(いや、俺達へではなく彼女へのか)


 刀夜は肩越しに背後へちらりと視線を送る。


 すぐ後ろを自分より頭一つ小さな黒髪の娘が霊獣達を連れてい歩いていた。


(やはり美しい……)


 襤褸ぼろを纏っていても知性と気品の隠せぬ凛とした花。


 ふと、刀夜の金青の瞳が蘭華の紅い瞳と絡んだ。

 その途端、蘭華は顔を赤らめ俯き視線を外した。


 刀夜は軽く笑って視線を戻す。蘭華は直ぐに顔を上げて刀夜の広い背中を追いながら両手で首元の衿を合わせた。


 上等な天絹てんけんを纏う美青年から熱い視線を受けて、見窄みすぼらしい自分の姿が恥ずかしくなったのだ。


(いつもなら気にもしないのに……変だわ私……)


 どんなに襤褸ぼろを着ても己に恥じる事はない。


 貧しさを笑われようと蔑まれようと、心の貧しさこそ恥じるべきと胸を張って毅然と振る舞ってきた。蘭華はそんな気高く気丈な娘である。


(こんな姿を刀夜様に見られるのが凄く嫌……涙が出そう……胸が苦しい……どうして?)


 恥ずかしさに居た堪れず、早く到着して欲しいとの蘭華の願いが届いたわけではないだろうが間も無く丹頼たんらいの屋敷が見えてきた。


「粗末な荒屋あばらやでございますが」


 丹頼はそう告げたがまちの中ではかなり大きい。それもその筈で、丹頼は此処ここの有力者の一人でありそれなりに裕福なのである。


「ようこそおいで下さいました」


 中に入れば十代半ばの綺麗に着飾った愛らしい少女が応対した。


「孫娘の翠蓮すいれんにございます」


 全員が椅子に座ると翠蓮がお茶を用意を始める。彼女の仕事をちらっと一瞥したが、刀夜はすぐに丹頼へと視線を戻した。


「事件について話してもらえるか?」

「勿論でございます。ひと月程前からでしょうか、妖魔あやかしを連れた少女が周辺に出没するようになったのです」


 丹頼の説明によると幼い少女が有翼の妖虎の他に真っ黒な怪鳥、人語を操る黒猫を従えて人々を襲っているらしい。


「蘭華とは容貌も使い魔も違うな」

「ええ、ですので彼女は犯人ではないと申したのですが……」


 まちに入ってから蘭華に向けられる憎しみにも似た忌避感が刀夜にはどうにも腑に落ちない。


「月門の顔役である丹頼が庇っていながら蘭華が疑われるのは何故だ?」

「このまちには私めの他にも公乗こうじょうはおりまして、その内の一人宰崙さいろんという者が蘭華を目の敵にしているのです」


 公乗は二十等爵の八位であり、平民で与えられる最上位の爵位である。その影響力は大きく、公乗である宰崙の派閥が蘭華を犯人だとふれまわり、それを信じる者が少なくないのだそうだ。


「心証では丹頼の方が正しいと感じるし、蘭華がそのような狼藉を働く人物とも見えんが」

「恐れ入ります」


 会ったばかりの自分を信じてくれる刀夜に蘭華は頭を下げた。


「だが、それは俺個人の心証でしかない。申し訳ないが丹頼の証言のみで其方そなたを無罪放免とする訳にはいかない」

「心得ております」


 自分は容疑者だと告げられているにもかかわらず粛々と受け入れる蘭華は理性的だ。当事者でありながら先程の会話にも黙って耳を傾ける姿勢は慎み深く奥ゆかしくもあった。


(やはり分からない)


 蘭華は容姿だけでなくたたずまいも美しい。しかも、理知的で性格に難も無い。


(いったい蘭華に何の瑕疵かしがあって憎まれているのか?)


 およそ女性として理想的ではないかと思える蘭華が、現状に甘んじている理由に刀夜は逆に興味を引かれた。


(丹頼なら何か知っているか?)


 興味本位で他人の事情を詮索するのは刀夜の性分ではないが、どうにも蘭華の事が気になって仕方がない。


「聞きたい事があるのだが……」

丹翁じいさん、嬢ちゃん来てるって?」


 信条より蘭華への興味が勝り刀夜が疑問を投げ掛けようとした刹那、どかどかと大きな音を立てて熊のような大男が乱入してきた。


「これ斉周せいしゅう、無礼であろう!」


 さすがと言うべきか刀夜と夏琴が柄に手を掛け臨戦態勢になっていたが、闖入者がどうやら丹頼の知り合いらしいと判明し緊張を解いた。


「そんなこたぁどうでも良いんだよ」

「どうでも良いって、皇子様相手に……」


 丹頼は絶句したが、構わず斉周はずかずかと入ると蘭華の手を取った。


「せ、斉周先生⁉」

「今は患者の方が優先だ」


 蘭華は驚き目をしばたたかせた。しかし、斉周は強引に蘭華を引っ張り上げると横抱きにしてそのまま飛び出した。


 刀夜達は目の前で蘭華を掻っ攫われ、しばし呆然としたのだった。

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