第二話 常夜の魔女と霊獣達


 日輪の国は『常夜じょうやの森』と呼ばれる大森林に囲まれている。森の中央部を大きく繰り抜いた輪っかの中に国があると連想するのが近い。


 その日輪の国を中心に森が切り拓かれ四方へ大道が真っ直ぐと伸び、東は大海、西は陽の国、北は月の国、南は星の国へと続いている。


 それらの国は帝の臣下である藍陽らんよう藍月らんげつ藍星らんせいの三公家が治めている国だ。


 これら拓かれた地は常夜の森から妖魔あやかしが出て来ぬよう、導士達が境界に結界を張っていた。


 ちょうど月の国方面の森から結界を渡って美しい姑娘むすめと三頭の獣が連れ立って出てきた。


 闇夜からの世界に出ると、湿りを帯びた青い匂いが少し埃っぽい白茶色の匂いへ変化して蘭華はわずかに眉をひそめた。


「森から出るのも久しぶりね」


 蘭華は手庇てびさしして、久しぶりに浴びる強い陽光から紅い瞳を守った。


 鬱蒼うっそうと茂る森は陽の光が届きがたい。ましてや、蘭華が住んでいるのは常夜の森。その名の通り普通の森に比べて闇が深い。だから、森から出れば目が眩むのも致し方がないだろう。


「前にまちへ訪れたのは二ヶ月程前か?」

「僕も手伝うからもっと長く篭れるように買い込もうよ」


 蘭華に語り掛けたのは、足元の真っ白な猫と頭の上に乗る羽つきの兎である。


「百合では大して役に立つまい」

「僕だって頑張れば出来るさ」


 胸を張って主張する百合に無理無理と芍薬は揶揄からかうように笑った。


「我が虎に戻って運ぶから任せておけ」

「芍薬が本性を晒したらまちは大騒ぎよ」


 芍薬は自信満々であったが、蘭華は苦笑いした。


「お主らが張り切るとろくな事にならんから大人しくしおくのじゃ」


 顔が竜の赤い馬、炎駒の牡丹も芍薬と百合に呆れた風であった。


わらわが前回の倍は運ぶゆえ安心して任せるがよい」

「ありがとう牡丹」

「ふふふ、妾は有能であろう?」

「ええ、まったく」


 粗忽者そこつものの二人を珍しく揶揄からかう牡丹に追随して蘭華も笑った。蘭華の明るい笑顔に、百合と芍薬からも愉し気な様子である。


 使い魔である彼らは主人の蘭華には喜んでもらいたいのだ。


(三人はいつも私をおもんばかってくれている)


 彼らはいつだって蘭華を一番に考えてくれている。そんな霊獣達の思いやりに蘭華の心は温かくなった。



 彼らが和気藹々わきあいあいと大道を歩けば、程なくして大きな城郭が見えてきた。


 森は広大で国土全てに結界を張るのは不可能だ。加えて強引に結界を越えてくる妖魔あやかしもいる。だから、どうしても妖魔の被害を完全には抑えられない。


 実際、年に数件ほど妖魔あやかしによる被害が報告されている。


 その為、みかどの座す都邑みやこや主だった大邑とかいだけではなく、その大小に関わらずまちは城郭で守られていた。


 特に他国へ繋がる四方の大道にある宿場町は交通の生命線であり、小さな小邑むらでさえ立派な城郭が建造されている。


 蘭華達が向かっている月門つきもんゆうも日輪の国から月の国へ伸びる大道の入り口にある交通の要所。人口千人程のまちで田舎にしては大きく、城郭もかなり高く頑丈に造られていた。


「相変わらず物々しい所よ」

「人は妖魔あやかしに対して無力だもの」


 普通の人は蘭華のように強力な魔術を使えなければ強大な霊獣に守られてもいない。


「城郭で守られていない場所では生きていけないのよ」

「それなら何故こんな場所に国を築いたのか、全く我には理解不能だ」


 数百年前、外敵の脅威に晒されていた民がいた。この亡国の危機に一人の若者が常夜の森を切り拓き、民を導いて森を防波堤に外敵を退けた。その後、この地に国を興したというのが日輪の国の建国神話だ。


 ちなみに、この若者こそが初代皇帝『日帝にってい』であり、彼の血脈は今に至るまで綿々と続いている。故に、みかどは正式には『日帝』と呼ばれる。


「だから、この国に生きる人々にとって、此処ここは聖地であり心の拠り所なの」

「やはり良く分からん」


 霊獣である白虎には人間の心情は不可解だ。


「それは何百年も前の話であろう。既に外敵もないのだから別の土地へ移れば良いのに」

「土地に根ざした人間はそう簡単に移動できないものなのよ」

「一度は移り住んだではないか。一度も二度も変わるまい?」


 芍薬はどうにも納得してくれない。


「人とは何とも理屈に合わぬ不合理な生き物よ」

ふくろうのように獣にも縄張りを一度決めたら一生移動せぬものもいよう」


 頑なな芍薬に困惑する蘭華を見かねて牡丹が口を出す。


「種により都合はあるものじゃ。己の狭い理屈だけで判断するでない」

「むぅ」


 少し不満げな様子を見せながらも芍薬は耳を横に垂れて引き下がった。どうやら芍薬は牡丹に頭が上がらないようだ。


 霊格は四瑞が一柱の芍薬の方が麒麟でも傍系でしかない牡丹より上なのだが、彼らの序列には力だけでは決められないものがあるらしい。


 そんな二人の関係に蘭華は可笑おかしみを感じてくすりと笑った。


「ねぇねぇ、何だかまちの方が騒がしくない?」


 突然、百合が飛び立ち前方に注意を促した。


「ふむ、確かに人だかりができているようだが……」

「何ぞ事件かえ?」


 羽兎は力の弱い霊獣であるが、それだけに色々な感覚が優れている。視覚もその一つで、これに関しては芍薬や牡丹も敵わない。


「なんかこっちを指さしているよ」

「ああ、我にも見えた」

「こちらへ向かってくるようじゃ」


 ふいに蘭華の胸がざわつく。

 どうにも嫌な予感がする。


「来たな常夜の魔女!」


 やって来たのは剣や槍で武装した十人程の男達。

 そして、何故か蘭華に怒りの形相を向けてきた。


「よくものこのこ姿を現せたものだな」

「貴様の悪事もここまでだ」


 しかも、あろう事か彼らは蘭華へ矛先を向けてきたのだった。

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