第6話 悪党の末路

 セーラを攫うべく、どんよりと濁った瞳の男たちが動き出す。


 そうして、獲物を確実に捉えるために、ゆっくりと少女を包囲していく。

 それはさながら、哀れな獲物を囲んで襲い掛かる狼の群れのように。


 このままであれば、少女が気がついたときには、囚われの小鳥となる運命しか残されていない。


 少女には危機が迫っていた。



「よぉし、配置についたらやるぞ」 


 頭領ボスが、そう指示を出す。


 やがて、暗闇のあちこちからピュイと小さな指笛の音が上がる。

 それは狩人が配置を終えた合図。 


「えっ?何?」


 闇の中、突然聞こえてきた指笛の音にセーラは驚いて足を止める。

 

 ――――女の子のひとり歩きは危ないよ。


 少女の脳裏には、先ほど別れたばかりの神様の言葉が蘇る。


(………………怖い)


 ここに至って、ようやく少女が身の危険を感じるも時すでに遅し。

 少女を取り巻く囲いは、すでに完成していたのだった。


「グフフフフフ……。やれ」


 頭領ボスの命令を受けて、側仕えの男が仲間たちに指笛で指示を送るべく、親指と人差し指を合わせた輪を口元に持っていく。


 ――――その瞬間。


「ギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 突然、側仕えの男が狂ったように笑い出し、口元に持ってきた親指と人差し指を噛みちぎる。


「なぁっ!?おっ、おい!どうした!?」


 突然の側仕えの乱心に驚く頭領ボス。 


 側仕えが噛みちぎった指からは、ドロッとした生暖かい血が吹き出していた。


 慌てて側仕えを抑えようを手を伸ばすが、その狂乱は留まることを知らない。 


「ギャハッグハァガガガガガガガ……ガガガガガガ…………」


 壊れた蓄音機のように意味のなさない音を吐き出しては、狂ったように頭を振り回す側仕えの男。


 噛みちぎった指先を気にする素振りもないことから、どうやら痛みすら感じてないようだ。 


 

 そのうちに側仕えの男は、自らの頭部を近くの石塀に何度も何度も叩きつける。


「おっ、おい!止めろ!止めろ!」


 頭領ボスが側仕えを後ろから羽交い締めにして、乱行を止めようとするがリミッターが外れた男を抑えきれるはずもない。


 どれくらいの時が流れたであろうか。

 一瞬、あるいは永遠とも思える時が流れた結果、やがて暴れる男が動きを止める。 


「ふう、驚かせやがって」 


 頭領ボスは、ようやく側仕えが動きを止めたことで安堵する。


 しかし、それで終わりではなかった。


 グラリと膝を落とす側仕えの男。


 急に力が抜けたので、頭領ボスは羽交い締めにしていた手を離してしまう。


 すると側仕えの男は、受け身も取らずに前のめりに倒れる。

 

「おい…………ひいいっ!」


 頭領ボスが、さすがにいいかげんにしろとばかりに倒れた男に近寄れば、男の頭は真っ二つに裂けて多量の血液と脳漿が地面を汚していた。


 月の光に映る世界は、一面が血の海と化していた。

 そのあまりの惨状に、数々の修羅場をくぐっている頭領ボスですら悲鳴を上げるほど。


「ぎゃぁぁぁぁ!!な……なにが……起きた?」


 側仕えの男の躯を前に呆然と佇む頭領ボス

 だが、すぐに彼を現実に引き戻す事態が巻き起こる。


「ヒャヒャヒャヒャヒャ〜」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!やめろやめろやめろ!」

「ケケケケケケケケケケケ…………」

「ゲヘゲヘゲヘゲヘ……」


 闇を裂いて、あちこちから奇声が聞こえて来たのだった。

 そして、静かな夜に響き渡る何かを叩きつけるような鈍い音。


 それが仲間たちが先回りした方向から聞こえると気づいた頭領ボスは、言い知れぬ恐怖を覚える。


「オイッ!お前ら、いったい何が…………」  


 そう叫んだボスは突然、目の前に何者かがいるのを幻視する。

 

 それは、右肩を出して純白の布ようのものを身体に巻いた男性。

 学がなく、信仰心すら持たない頭領ボスですら、それがこの世のものではないほどに神々しいと感じる。


 黒い髪で秀麗な容姿の男は、眉間に一文字のシワを刻み、憤怒の形相で頭領ボスを睨みつけていた。


 もしも、セーラが突然現れた男を見れば、それが先ほど別れたばかりのトイレの神だと断言するだろう。


 だがこの男は、トイレの神と同一の存在ではなかった。


 この男は、トイレの神の膨大な神力が人の姿を形作ったもの。

 いわば、具現化した神力とでも言うべき存在。

 

「あああああ………………あ……あひゃ……あひゃひゃひゃひゃ…………」   


 次の瞬間、頭領ボスは壊れる。

 躯と化した側仕えと同じように。


 そしてその末路は言わずもがな。


 こうして、セーラに危害を加えようとした男たちは狂死したのだった。


 それが、とある公衆トイレに住み着いた一柱の神による罰だと知る者はいない。

 そして、その神が現世の者を直接害することが出来るほどに神力が強いことも。




「もう、何かうるさいなぁ〜。早く帰ろう」


 破落戸ごろつきたちは、少女の前に姿を現す前に死んだために、彼女は何が起きたのかを知らない。

 それ故に、周りから聞こえる笑い声は、どこかで酔っ払いが騒いでいるものと勘違いしたのだった。

 そんな者に絡まれたら嫌だと、少女は家路を急ぐ。

 自らが何か大きなものに護られたのだと自覚することもなく。



 こうして、セーラに危害を加えようとした者には神罰が下り、少女は安全に住処に辿り着くのであった。



 一方、そんな神罰を落としたと自覚がないトイレの神は、公衆トイレの屋根に腰掛けると夜空に輝く双子月を見上げていた。


「セーラは無事に帰れたのかなぁ……」


 そんなことを呑気に考えつつ。

 

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