「それにしても、どうなってるの?」


 私は、カトリの背中にある持ち手をにぎり、顔の高さまで持ち上げた。


「何がじゃ?」

「この体よ。どうしてこれで動けるの?」


 陶器でできてるはずのブタの体は、触ってみると、なんだか柔らかかった。

 ふにふにして気持ちいいので、ブタのほっぺたをつまんでみる。


「痛い……。何をするんじゃ」

「へぇ、触覚もあるの。すごーい」


 本当に蚊取り豚と一体になってるらしい。私は、柔らかいほっぺたをびよーん、びよーんと引っぱってみた。

 

「こ、こら! やめんか! ひとの体で遊ぶでない!」

「あはは。ごめん、ごめん」

「まったく……。鬼のような小娘じゃ」

「それ、鬼火が言う?」

「鬼火からしても、鬼じゃ」



 おかわりのスイカも食べ終えたカトリは、思い出したように言った。


「この体のことじゃが、器から特別な力は感じぬ。つまり……」

「つまり?」

「華、お主の力じゃろうな」

「私の力? ちょっと叩いただけじゃない」

「かなり強くな」

「けっこう根にもつのね……」

「華が儂にかけたのは、恐らく封印術の類じゃろう」

「封印?」

「華。お主は、陰陽師であろう?」

「陰陽師……!」

 ──って何だっけ?


「やれやれ。その様子じゃ、何も知らんようじゃな」

 

 カトリが呆れたように首をふって、こう続けた。


「陰陽師というのは、占術や怨霊祓いをする人間じゃ。祓うだけでなく、封印術にも長けていたと聞く。戦乱の世のこと、かつてこのあたりをおさめておった人間は、あるとき病に倒れた。敵対する国々から自国を守るため、陰陽師を招き、自らの病の原因である怨霊を祓わせたという。以来、重用された陰陽師は、この地の吉凶を占い、また怨霊から人々を守ったという」

「えーと。それが私となんの関係があるの?」

「華。お主は、その時の陰陽師の末裔なんじゃろう。無意識にその力を使ったのじゃ」

「私が? うちは、普通の家だよ? お母さんもお父さんも鬼火見えないもん」

「とおーい昔の話じゃ。今はすっかり衰退して、見える人間もいなくなったんじゃろうな」

「……そっか。……ねぇ、その頃だったら、私と同じように見える人、もっといたのかな?」


 私が聞くと、カトリは私の顔をじっと見て答えた。

 

「さあな。それは、儂にも分からぬ」

「そう……」


 私が陰陽師の末裔……。

 もしそれが本当だとしても、意味なんかないよね。

 だって分かったところで、私がみんなと違うのは変わらないし。

 同じ景色が見える人は、もういないんだから──。

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