BLOOD RAIN

佐武ろく

1

 一直線に伸びる石畳の道。疎らに行き交う足音。時折、それを押し退け車両の音が走り去る。

 そんな喧噪の中で歩みを進める新品同様のブーツとその半歩後ろに続く手入れの行き届いた革靴は、コツコツと心地好い足音を立てていた。それはまるで数秒の録画を繰り返し再生しているかのような一定したリズムで、それが心地好さの理由の一つのなのだろう。

 すると突然、そのリズムを崩した革靴は足早となりブーツを追い越すと、少し先の方で立ち止まった。そしてジャケットに袖を通していない腕が伸びるとドアを開き真っ白なシャツの袖がベストと顔を見合わせた。


 ―――カラン。


 ドアベルの音が鳴り響く中、丁度そこへロングコートの裾を揺らしながらやって来たブーツの人物は、そのまま流れるようにドアを通り店内へ。その後に続くスーツにハット帽の後姿。

 材質が変わり足音も変わるが相変わらずのリズムを刻む双脚は真っすぐと進んだ。

 それに合わせ手袋を着けた手は前後に小さく揺れ、コートから顔を見せたネクタイをキッチリ結んだ黒シャツは曲線を描いている。同時に後ろで結んだ髪も動きに合わせ揺れ動いていた。

 一方、店内ではお世辞にもガラの良いとは言えない先客の(種族の入り混じった)男達が人目を気にしない笑い声を上げ騒いでいた。しかし開いたドアからそんな事を気にも留めない足音が入って来ると、店内の騒々しさは瞬く間に締まりゆくドアから外へと消えていった。

 先程までが嘘のようにすっかり音の砂漠と化した店内。そこへ響くのは微かに流れる優しい音楽と二人分の足音だけ。そんな音へ四方八方から集まる視線は歓迎的とは言えず警戒すべきモノだったが、二人は立ち止まる様子もなければ周りを気に掛ける様子もない。

 そしてドアから真っすぐ進んだ二人はそのままカウンター席へ並んで腰掛けた。


「ビールを。そして彼女には――」


 そんなハット帽の男性の声を遮り、一人の大柄な男が隣の女性へと近づく。


「中々イイ女じゃねーか。奢ってやるからあっちで一緒に呑めよ」


 しかし表情の無い凛々しい容貌は聞こえないと言うように前を向いたまま。

 そんな彼女に筋骨隆々としたその男は「フッ」と笑いを零した。


「気のつえぇ女は嫌いじゃねぇ。いや、むしろ気に入ったぜ」


 するとまるで無言で警告する様に女性は手に持っていた刀をテーブルの上に置いた。


「おっと。こえぇーな。武器なんか持ってやがる」


 そんなわざとらしい声に他の席に座る他の男達の笑声が店内へと響いた。


「分からねーようだから教えてやる。ここらを仕切ってるのはこの俺だ。しかもお前は今、そんな俺の街にある、俺の店にいる。誰の機嫌を損ねたらヤバいかは、分かるよな?」


 そして男は女性の肩に手を乗せた。


「だけどな。そんな女を鳴かせるのが一番興奮すんだよ。俺の得意分野だ。しかもそんな美人だと猶更な」


 するとその瞬間――男の腕は二の腕を境に体と別れを告げた。全てが一瞬で男でさえ自分の身に何が起こったのか理解するより先に痛みに声を上げる始末。

 だがそんな声を他所に腕は女性の肩を離れ床へと落ちていった。折角鍛えた筋肉もこうなれば最早ただの肉塊。

 一方テーブルへ置いていたはずの刀は、いつの間にか鞘だけがそこに残された状態となっていた。そしていつの間にか顔を俯かせる女性。


「うわぁぁぁ! 俺の腕がっ!」


 一驚に喫し静まり返った店内に響く男の叫声。その中、店内に流れいた音楽が切り替わり激しいロックが流れ始めた。

 そしてまるでそれに合わせるかのように、緩慢と上がり始める女性の顔。

 しかし正面を向いたその表情は先程までと一変し、妖艶な笑みを浮かべていた。そしてそのまま顔は男の方へ。


「勝手なお触りは高くつくわよ?」


 その声は肌を撫で絡みつくようなで、悠々としたその笑みは宛ら嘲笑うかのようだった。


「この野郎ぉぉぉ!」


 そんな女性に対し男は怒り一色に染まった怒声と共に残った手で殴り掛かる。

 だが、その手はまるで蚊でも叩くかのように受け止められると――次の瞬間には最初を再現する様に、体へ向かうはずだった血液を二の腕から吐き出した腕は宙を舞っていた。そしてそのまま立ち上がった女性は流れるように男の胸を蹴り飛ばす。両腕からインクのような鮮血を撒き散らし壁へと一直線で飛んでいく男。

 そして男が壁へ激突すると我に返ったのか店内にいた他の男達は一斉に立ち上がった。

 一方で女性は撫でるような視線を店内の男達へ順にやると、彼らの方へ体を向け最初と同じ笑みを浮かべて見せた。


「そうねぇ……指先ぐらいなら許してあげてもいいわよ。その代わり支払いは――」


 言葉に合わせ立てた人差し指を端から端へ動かすと、女性はそのまま手を自分の胸へ。


「もぅ! 何でこんな息苦しい恰好」


 そんな独り言の愚痴を零しながらネクタイを緩め、ボタンを幾つか外した。

 そして気を取り直してもう一度、手を胸へやると視線も男達へ。


「そのお粗末な命を頂こうかしら」


 まるで狙ったかのように流れていた音楽すら溜めるような間を迎え、店内は一瞬ながら音の無い世界のような完璧な静寂に包み込まれた。


「やっちまえ!」


 だがすぐに一人の叫声が静寂を破り捨て、男達は雪崩のように女性へと襲い掛かった。圧倒的な数の相手に対し、臆するどころかむしろ女性は魅せるようにその中へ跳び込んでゆく。四方から襲い掛かる拳や割れた瓶、武器と化した椅子を物ともせず笑みを浮かべたまま女性は優雅に刀を振るう。

 その姿は戦っているというより舞い踊っていると表現した方がいいのかもしれない。それ程までに彼女は美しく――そして強かった。

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