第3話


 空になっている佐藤のビールジョッキを見て、店員を呼んだ。日本酒に切り替える。ついでにいくつか肴も追加する。


 カミングアウトした佐藤は気が楽になったのか、口がすべらかになった。


「でさ、過去に抽選販売されたっていう、限定品がオークションに出てたのをこのあいだ見つけてさ」

「ああ、うん。おまえのことだから話の先が想像つくけど」

「人気があるらしくて、何人かと競って落としたんだよ」

「ああ、そりゃ……大変だったろうな」


 いくらかかったか訊くのはやめた。聞いてしまって、予想以上の大枚をはたいていようものなら、あきれを通り越してうらやましさでなんともいえない気分になるのはわかりきっている。


 今日の譲渡品ですら、家族には公言できないのだから。いくら適正価格で譲ってもらったとはいえ、妻に知られたらなにを言われるか。

 こっそり押し入れの積み箱の下のほうに重ねておくしかない。木を隠すには森の中だ。


「品物が届いて、開けてみたんだよ。参考の写真ではわかりにくかったんだけど、経年劣化でだいぶ黄変が進んでててさ。あと、個体差なのか……メイクの印象がずいぶん違ってた」

「あの手のものはぜんぶ手着色だから、まったく同じにはならんだろ」


「それにしても、なんていうか……思ってたのとは違ってたんだ。こんなものなのかと驚いたんだよ。とはいえ入手した以上、自分でなんとかするしかないと思ってさ」


 さほど気にしているそぶりもなく、淡々と佐藤は話した。ちょっと肩をすくめる。


ヘッドの蓋を開けて、グラスアイを自作のものと入れ替えてみたんだ」

「グラスアイ?」


 うん、と佐藤はうなずいた。「って言っても、バス釣り用のルアーじゃねえぞ」


 佐藤はこちらに視線を向け、自分の目に人差し指で示した。

「こっちのほう、だ」


「言われなくてもそのくらいはわかる。ビスクドールに使われてるガラス目だろ。俺が言いたいのはそうじゃなくて、自作って」


 言いながら合点がいった。なるほど、ガラス工芸バーナーワークをはじめたのは、そういうことだったのか。


「そうだよ。どうせなら自分でグラスアイを作って、気に入ったドールに入れてやりたくてさ」


 はあ、とため息が漏れた。

「あいかわらず、極めてんなあ」


「目ってのは、ふたつでワンセットだからな、一個作って終わりじゃないんだ。だが、思ったように虹彩と白目のサイズが揃えられなくてな。同じじゃないと完成品にならない。ジャンク品を大量にこしらえてみて、これは買ったほうが早いと気づいたんだが、案外作るのが楽しくてさ」


「良い趣味が見つかってよかったじゃないか」

「まあな」


 これなら周囲にも白い目で見られず、はばかることなく公言できる趣味だ。


機械製品マシンメイドではなく、手工芸ハンドメイドで出来がよくて、人気がある瞳の色なら値がつく。一点もので、誰にでも作れるわけじゃないからな」


 あれは、と佐藤は言って居住まいを正した。

「経年劣化で変色したりしないし。中古でも、傷がついていなければ値崩れしにくいんだ」


 だから、オークションに出した、と話す。

「すぐに売れたよ」


 へえ、と相づちを打つ。

「いくらか回収できたんならよかったな」

「ああ」


 応じた声は、どことなく上の空に聞こえた。


「気に入らなかったんで、売れてよかったよ。箱を開けたときに目が合ってさ。やけに鋭い視線だったから」


 え、と引っかかった。視線が合う?


「追視アイだから、目が合うのは不思議じゃないんだけど」

「追視……アイ?」


 オウム返しにすると、佐藤はこちらに視線を投げた。こちらの不思議そうな顔を見て、ああ、と納得したらしい。


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