ヒトガタ

内田ユライ

第1話


 昔からの友人で、一癖ある人物がいる。

 進学先が別々になって、就職した場所や業種も異なるのに不思議と縁が切れなかった。


 先に結婚して子どもが生まれてからも、気が向けばたまに仕事帰りに会い、地元の安くて旨い居酒屋で近況を肴に酒を飲む間柄となっている。


 佐藤はきままな独身生活を選んだ。興味があるものにのめりこむ偏執的な性格もあって、変人に見られがちな男だった。

 それが、これまでの趣味に見切りをつけたとかで「欲しいものがあればで譲ってやる」と連絡してきた。なんでも今の趣味はなにかと物入りなのだそうだ。


「で? 今は何にハマってるんだ?」

「……ああ、それが」


 蛸の唐揚げを旨そうに噛み、ビールのジョッキに手をかけながら、佐藤は厚ぼったいまぶたを開き、上目づかいでこちらに視線を投げた。


「ちょっとな、いろいろ」


 顔に似合わず、声が渋い。暗闇で聞けば、惚れる女もいるかもしれない。ビールを取り上げた右手の親指と中指に絆創膏が貼られている。持ち上げるときに、わずかに表情が歪んだ。


「どうしたんだ、それ」

「ヤケド」

「火傷?」


 ぶっきらぼうに言い切る佐藤に、似つかわしくない料理の趣味でもできたかと想像した。こいつに……?

 まさか。よけいな作業に時間を取られるのを嫌がるやつだ。食事など作って片付ける手間を考えれば、外ですませたほうがいいと語っていた。


「焼けたガラスをつかんじまったんだよ」

「──は? なんでまた?」


 予想外な返答に面食らう。どうしたらそんなことになるんだ。ついに職人技でも極める気になったのか。


 すこしまえ、小学校高学年になった子どもがやりたがったから、どういうものかは知っている。旅行先の土産物屋に工房が設置されていて、制作体験ができる場所があったのだ。


 ガラス工芸といえば赤い光を放つ灼熱の炉の中から、溶解したガラスの固まりを専用の長い金属棒で巻き取る。棒を回しながらシャボン玉を作るように息で吹いて、コップやら皿やらに造形するさまを想像した。悪くないかもしれない。極寒の冬であろうが猛暑の夏であろうが大汗をかきつつ、日々、煮えた水飴みたいなガラスと格闘する。佐藤の風貌にもぴったりに思えた。


 だが、違った。大がかりなものではなく、個人宅でも制作が可能らしい。専用のガスバーナーで融点の低い棒状のガラスを溶かして、金属棒に巻き付けて造形するバーナーワークなのだと言う。


 一般的に知られている工芸品ならば、着物の帯留めだろうか。トンボ玉と言うんだが、と佐藤は説明を加えた。


「バーベキューの串に使うような金属棒に離型剤をつけて、融かしたガラスを巻き取って、三センチほどのガラス玉にしあげるんだ。鉛ガラスとソーダガラスの二種を使ってるから収縮率が違ってさ、バーナーの炎であぶってる最中に遠ざけすぎたりして適温を保てないと破裂することがある。まだ慣れてなくてな、ガラスが弾けちまってさ。椅子に座って作業していて、太腿の上に破片が飛んだもんで──」


 その瞬間を想像したらしい。思い切り顔が歪んだ。


「立ち上がりゃよかったんだが、頭が回らなかった。慌てた反射でうっかりつまんじまって。ありゃまさに火の玉だからな」

「なにやってんだよ」

「それは俺が自分に言いてえよ」


 おかげでキーボードを叩くのも大変なんだよ、とぼやく。


「自分の肉が焼けるにおいって嗅いだことあるか?」

「あるわけないだろ」

「だよな」


 佐藤は片側の唇の端を上げ、どこか得意げにも思える笑みを浮かべた。


「ま、工房に通う講習代もかかるし、そもそものハマリ自体が金食い虫なんだよ」

「まだ、ほかにもあるのかよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る