最後の楽しい朝

「ねぇ、本当に最近大丈夫なの?」


いつも通りの朝、パジャマ姿の楓にそう聞かれた。


「何がだ?」


心配されるようなことに心当たりがなく、俺は少し悩んだ末そう返した。


「最近、かなりバタバタしてて忙しいそうだから……勉強もちゃんとできていなさそうだし、目の下にクマもできてるよ」


それを言われて俺は少しドキッとした。


もちろん心当たりは大いにあったのだ。


どういう活動をして組織に賛同してくれる人を増やそうか考えたり、その組織のルールみたいなのを作ったりしていたのだ。


同学年はかなりの数が賛同してくれてはいるが、他学年はほとんどいないのだ。


大きな原因は接点がないことだ。


俺たちは他学年まで中良い人を増やそうと足を運んでいるわけではない。

あくまでクラスの中で増やしていたのだ。


それに噂でそういう組織が他学年で起きたからといって、俺も入りたいと声をかけてくる人も少ないのだ。


そして、ルール作りもかなり大切だ。


組織はしっかりとしたルールがないと秩序が保たれない。


勝手に口論になって結果暴力沙汰になってしまったりしたら、余計に亀裂が深くなってしまう。


そういうことを防ぐためにもしっかりとしたルールは必要なのだ。


しかし、気づかれないようにやって来たつもりだったのだが、流石楓は気づくなぁ。


「前に組織を作るっていう話をしたの覚えているだろ」


「うん、もちろん。確か令嬢とそうでない人との隔たりを無くすんだったよね」


「そうだ。でも、いざ組織を作るとかなりやることが多くてな」


「大丈夫?何か手伝えることがあったら手伝おうか?」


楓はその言葉を聞いて皿を洗っていた手を止めて、俺の方を向いた。


楓の手伝いか。


正直楓が手伝ってくれるのはとてもありがたい。


楓は頭がいいから、問題点や改善策をしっかりと教えてくれる。


俺が1人でやるのに比べて楓と一緒にやったら倍以上の速さで終わるだろう。


しかし、俺はあまりにも楓に頼りすぎているところがある気がする。


楓がいくらやりたいことがあるとはいえ、俺の代わりにお金を稼いでもらっている。


どれくらい稼げているかは教えてもらっていないが、多分かなりのお金を稼いでいることだろう。


それに俺が楓のやりたいことを邪魔するのは違うと思った。


「いや、楓はやりたいことがあるんだろ?それなら、そっちを優先してほしい。それにこれはこれでかなりやりがいがあるんだ」


「そうなんだ……ねぇお兄ちゃん」


少し落ち込んだような顔で声で言った。


「なんだ?」


「学校は楽しい?」


突然のその言葉に俺は少し動揺した。


動揺したのは別に楽しくなかったからというわけではなく、楓の少し暗い雰囲気と質問の内容が噛み合ってないように感じたからだ。


「うん?いきなりどうしたんだ?もちろん学校はすごく楽しいぞ」


「そうなんだ。それなら私も嬉しいな」


そういうと、楓はいつもの笑顔に戻った。


もしかしたら、暗い表情に見えたのは気のせいだったのかもしれない。


光のあたり具合で影によってそう見えたのだろう。


「あぁ、楓のおかげで本当なら送れなかった高校生活が送れているから感謝してるぞ。友達もできて、誰かと一緒に目標に向かって頑張る楽しさもしれて」


「えへへ、なら良かった。でも、勉強も頑張らないといけないよ。最近ちゃんとできてないって言ってたでしょ?」


これに関しては本当に楓に感謝している。


あの時、無理やりだったとしても俺を学校に行かせてくれなかったら、こうはなっていなかったのだ。


いつも通り、力仕事を一日中続けるしかなかった俺を救ってくれたのと一緒なのだ。


その上、勉強の心配までしてくれるなんて本当にできた妹だ。


「勉強なら大丈夫だ。授業くらいなら追いつけるくらいに流行っているし、次のテストまでまだ時間はたくさんある。テストで悪い点を取ったりなしないさ」


テストは生徒会選挙の二週間前にある。


それまでは何もないためボロが出ることもないだろう。


そういえば、最近茜に質問されることがなくなった気がする。


その境目はちょうど俺たちが組織を立ち上げると宣言したのと同じごろからだ。


貴族派の茜はきっと組織を立ち上げた俺に聞くのが屈辱に感じたのかもしれない。


「でも、確かもうすぐ…」


そんなことも考えていると、楓が何か呟いたのが聞こえた。


俺は考え事に集中していたため何も聞き取ることができなかった。


「何を言いかけようとしたんだ?」


「いや、なんでもないよ」


「そう言われると余計に気になるな」


「ただの勘違いだったから気にしなくていいよ」


「そうか、ならいいか」


何回か聞こうとしたが、結局楓は教えてくれそうになかったから、俺は諦めた。


「それで生徒会選挙までに間に合いそう?」


そして、楓が少しの沈黙の後そう聞いて来た。


「微妙だな、可能性としては半々くらいか?」


この学校の生徒会選挙は生徒会長と副生徒会長は投票によって決め、会計と書記は生徒会長が任命するような形が取られている。


生徒会長の投票に関しても生徒会に立候補した人がみんなの前で演説をして、一番票が多かった人が生徒会長となり、二番目に多かった人が副生徒会長になるようなシステムだ。


だから、生徒会役員を4人全員を俺たちの組織から出すことはかなり難しいが、生徒会長になれさえすれば4人中3人が選ばれることになるのだ。


逆に生徒会長を取られてしまってはかなり不利になってしまう。


どっちの方が生徒会長になれるのかは俺でも全く予想がつかない。


「そうなんだ。後1ヶ月半くらいだもんね。頑張ってね」


「うん、もちろんだ」


「でも、ちゃんと勉強も頑張ってね」


「お兄ちゃんに任せとけって」


そう言って、俺はカバンを持って学校に出かけるのだった。


思えばこれが清々しい気持ちで学校のことを楽しみに行ける最後の日だったのかもしれない。

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