第10話 護送の道程

 話し合いから三日後、シエラが着用する衣装も完成し、いよいよ彼女が逢魔の森に送られることとなった。


 王宮の裏門に高貴な囚人を乗せる護送馬車が付き、数十名の兵士が随行することとなっていた。


 これが見納めか、と、王太子はバルコニーからシエラを見下ろしていた。


 うつむいたまま、馬車に乗り込むシエラの様子を観察していたが、そこに彼女の感情の揺らぎは見てとれない。

 王太子妃教育と虐待のせいで感情を隠すのが常となっていたシエラのことを、最後まで理解しようとも寄り添おうともしなかった王太子は、この前見せた『美しさ』もただの目の錯覚と断じ、彼女が乗り込むとさっさとその場から離れていくのであった。

 


 馬車は王都の街中を進むが、途中シエラの頼みで買い物をした。


 メエルというこの季節が旬の果物である。

 両手におさまるほどの大きさで、芯はなく皮も薄いので丸かじりもできる。

 それをかごいっぱい買ってきてもらうよう、シエラが兵士に頼んだのだ。


 王都から森までは馬車で進むと約半日かかる。


 途中、立ち寄る街で小休止を取るが、兵士たちが小用などを済ましているのに対し、シエラは馬車の外に出ようとはしなかった。


 そして昼時、兵士がシエラにも昼食をどうするのか尋ねた。


 しかし彼女は、いらない、兵士たちが食事を終えるまで馬車で待っている、と、答えたので、見張りを残し交代で昼食をとることにした。


 街の食堂で昼食をとる兵士たちは、おとなしく運ばれていくシエラのことを話題にした。


「きれいな娘なのにもったいねえな」

「変な気起こすなよ。魔物の王に捧げるらしいから」

「ああ、穢された女を差し出したら、魔物がどんな反応するかわからないって、国王陛下にも厳命されてただろ」


「それにしてもあの娘、昼食もいらないって腹減らないのかな?」

「もうすぐ殺されるんだ。恐ろしくて食事ものどを通らないってことだろ」

「でも、中の様子を窺ったら、あの娘、メエルの実をずっとかじってたぜ」

「う~ん、普通の食事はのどが通らないけど、果物だったら水分が多いから食べられるってことじゃないか」

「なるほど、それでのどを潤し、同時に腹も満たすってことか」


 同情からとも、興味からともとれる噂話をしながら、兵士たちはみな食事を終え再び馬車は進み始めた。


 王国南端の街アスバを過ぎてしばらくたつと、馬車が進みやすい街道は途切れ、舗装のされていないでこぼこ道を進むこととなった。


 そしてやがて国の南端を覆う内側の壁に到達する。


「皆の者、ここから先は瘴気に満ちた瘴原だ! 口あてを着用せよ!」


 統率役の兵士が命じると、みな革製のマスクのような防具を着用した。


 かろうじて馬車が通ることのできる門をくぐると道の両端には、成人の膝丈くらいの高さの、葉脈が赤紫に染まった剣先のような葉を持つ植物が、群生している風景が広がり始めていた。


 この植物は瘴気を発するだけでなく、生えた場所の土壌の栄養をことごとく吸い尽くし、そこを草木一本も生えない不毛の地へと変えてしまう。

 その植物が枯れた後に逢魔が森の樹木が育ちだし、そうやって森は大地を侵食する。


 森におびえる人々はその浸食を食い止めるために時折森に入って魔物を狩り、瘴気を減らそうと努力している。

 

 先ほど通った壁は瘴気から王国を守るための内側の壁で、さらに先に進むと逢魔の森に接する外側の壁がある。


 陰鬱なる風景の中を兵士率いる馬車は進みやがて外側の壁に到達した。


 外側の壁にある人が通れるくらいの門の前に、紫紺のローブを身に着けた老婆が待っていた。


「ご苦労様です、兵士の皆さま。さあ、娘を引き渡してもらいましょうか?」


 老婆に促され兵士は馬車の扉を開け、シエラに下りるように促した。

 シエラは黙ってそれに従い、老婆の前に立った。


「おや、どうしたのですか? そんなところにぼうっと立ち止まって? 一緒に中に入りたいのなら、連れて行ってさしあげますが?」


 馬車を率いてきた兵士たちが、彼女たちの様子を見つめたまま動こうとしないので魔女が声をかけた。

 魔女の言葉に兵士たちは、冗談じゃない、とばかりに来た道を引き返して行った。


「急げ、日が暮れる前にアスバまで戻るぞ!」


 兵士たちは脱兎のごとく走り去り、あっという間にその姿は見えなくなった。


「では、入りましょう」

 

 魔女がシエラに声をかけた。


「あ、あのっ……、この手紙、あなたが……?」


 話し合いの日の夜に舞い降りてきた謎の手紙のことをシエラは尋ねるのだった。

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