修道院エンドでしたが、エンドロール後にコワモテと結ばれました

キシマニア

第1話 夢現のようなはじまり


 暗いような、明るいような。


 まるで陽だまりの中で目を閉じたときに似た、曖昧な明るさに意識が浮上した。


 こぽこぽと水の中で気泡が登る音が聞こえる。

 果ての見えない空間を、沢山の光が川の流れのように進んでいく途中で、私は戸惑い、揺蕩っていた。


「あらあら、起きちゃったの?」


 そっと何かが私を掬い上げる。

 整った唇が、すぐそばにきて笑うさまがわかった。

 優雅に開いては閉じ、ゆったりとした声色が聞こえる。ちょうど、母親が赤ちゃんへ話しかけるときのような。そんな声が。

 聞こえる、というと語弊があるかもしれない。かけられる言葉は認識出来るものだったけれど、音として耳が把握することはできなかった。

 すうっと、意味だけが頭に染み込んでくる。

 そんな不思議な感覚だった。

 そのことから、この「声」の主が人間では無い何かであることを無抵抗に理解する。


 まるで花が咲くような、風が祝うような優しい声質だ。ああ、なぜだかずっと聞いていたくなる。

 聖書や物語に書かれる、天啓とはきっとこういうものなのではないだろうか。


「これから、今いる世界とは異なる世界に生まれ直すことになります」


 「可愛い人」と、蜂蜜を溶かしたような声は私に優しく教えてくれる。

 一体何故、そんな優しい目で見てくるのだろう。


「きっと戸惑うことが沢山あるでしょう。ただ次の生を自ら断つことなく、最期まで生き抜いて。そうして魂を磨くことを期待します」


 暖かい手のひらの上から見た大きな人影。お日様の光と春風を集めた髪を飾るのは、色々な季節に咲く花々だ。

 しかしよく見ると、花冠をかぶっているのかと思ったが前髪自体が百合の花びらで出来ている。

 ああ、やっぱりこの人は。


 女神さま。


 そう呼びかけた私に、かの人はとても嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。


「さあ、いってらっしゃい」


 フゥ、と女神様の口元から花びらが舞う。

 近くにあった光の玉がサワサワと揺れて、きゃらきゃら笑った。それは赤ちゃんと子どもの中間の子のような声だった。

 くるくると目がまわる。

 甘い甘い吐息が私を川の流れの先へと送り出して、そして、花びらと共に暗い場所へと落ちていった。



 そうして。



「ッッ、ッア。アーーーーー!!!」


「肩まで出たよ!」

「はい!奥様!お見事です。ハーッと息をしてください!もういきまないで!」

「はぁっ、ハァッ、は、はぁっ」

「おめでとうございます、御息女です。お元気ですよ」

「アマンダ、ああ、ありがとう。はあ、ふう」


「胎盤出ます。出血量確認して!」

「問題ありません」


「奥様、お嬢様の産湯をして参ります。すぐにお連れしますからね。どうぞお休みください」


 そうして、その日。


「産婆よ、産まれたか!!」

「旦那様、おめでとうございます。母子共に無事ですよ」

「おお!」

「じきに処置が終わります。奥様にどうぞ労いのお言葉を」


 とある片田舎の商家に、亜麻色の髪の女児が産まれた。


 それが私。


 成長するにつれて段々と髪質が変わり、光の加減でピンク色の干渉色を孕むようになって漸く、産まれる前の知識と比べて、この世界の不思議を唐突に理解することになる。


 ゲームなんてほとんどした事はないけれど。

 情報に溢れた日本で育ったから知っている。


 この世界の誰もが知らない、この世界の名前を。


 ストロベリーブロンドの髪と、蒼天の瞳。

 前世の知識を持った転生者なんて、物語でしか見たことがないから。




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