March's Marching Band

 凍える季節を越えて、またこの季節がやって来る。

 春の訪れを告げる暖かな風と共にやって来る、幸福を運ぶ渡り鳥。


 縁側に延びた軒下にせっせと作る、「君」の小さな家。

 お爺ちゃんはその下に木の板で、外敵から護るを据え付ける。


 お爺ちゃんは一日中、「君」のことを我が子の様に見守っている。


 歯を磨きながら

 お茶を飲みながら

 趣味の囲碁を打ちながら

 暖かい縁側でうたた寝しながら


「君」の声はお爺ちゃんにとって心地よい音色。


 昔からお爺ちゃんは言っていた。

「彼らは、ワシたちみたいな農家には昔から有難い存在。農作物につく悪い虫を食べてくれるからの---。」


 昼間、お爺ちゃんの畑にも「君」は来る。

 せっせとごはんを集めている。

 生きるということに、愚直なほどに必死な「君」。

 お爺ちゃんはそんな「君」から活力を得ていた。


 やがて、軒下から聴こえてくる幸せの多重奏。

 お爺ちゃんは炊きたてご飯をひとつまみ縁側に置くと、傍で一緒にご飯を食べる。


 見上げると、小さな体で必死に歌う「君」の子たち。

 お爺ちゃんはそれを聞きながら、短い季節の移り変わりを感じていた。


 子供たちの大合奏は時の経過に連れて、音色が変わる。

 音色の変化と共に季節も少しずつ移り変わる。


「君」たちの旅立ちを見送り、お爺ちゃんは呟いた。


「また来年もいらっしゃい。---行ってらっしゃい。」


 お爺ちゃんはからになった「君」たちの家を綺麗に片付けると、中に残った小さな羽毛を丁寧に拾い集める。


 お爺ちゃんの宝物。

 お爺ちゃんは、羽毛を木箱に入れて大切に保管している。


 季節は巡り、もうすぐ「君」が帰って来る。


 お爺ちゃんが雨戸を開けると、一番乗りの「君」が庭の中で自由に舞う。

 それを見てお爺ちゃんは季節の訪れを感じていた。


 その年の春は、いつもより早く訪れた。

 いつもなら庭の梅の花が一番の見頃になる季節。その年はもう花が散り始めていた。


 それでも、「君」たちは正確に訪れる。

 地の草木よりも、「君」たちのほうが季節を解っている。


 お爺ちゃんはまた、「君」の家を護るための木の板を据え付けていた。


 ふと見ると、もう一羽の「君」が軒先の少し離れた所にを作っている。


「そうかい、そうかい。去年ここから旅立った子たちだね--。おかえりなさい。」


 お爺ちゃんはこの子の家にも板を据え付けた。


 また今年も子供たちの大演奏会が始まる。

 お爺ちゃんは沢山の孫たちに囲まれて幸せそう。


 お爺ちゃんは孫たちの為にカメラを買った。

 可愛い孫たちの成長の記録を残すために。

 毎朝ごはんをせがむ大合奏。

 お爺ちゃんのカメラがパシャリと捉える。


 やがて、大きくなった孫たちが順番に飛び立っていく。

 飛び立つ瞬間も、お爺ちゃんのカメラがあとを追う。


 最後に飛び立ったのは一番小さかった可愛い孫。

 名残惜しそうにお爺ちゃんの家の上をぐるぐると旋回し、やがて旅立って行った。


「行ってらっしゃい。また来年も来るんだよ。」


 お爺ちゃんは「君」たちがいなくなった空を撮る。


 それから5年。

 お爺ちゃんのカメラは100羽目の孫を追う。

 あんなに好きだった囲碁よりも、カメラを構える時間が長い。


 お爺ちゃんの至福の時だ。

「君」の成長がお爺ちゃんの活力だ。


 お爺ちゃんは今年もまた、「君」の家に木の板を据え付け、カメラを構えていた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る