第10話 いつから心の代弁者になったの!?

 晴れ渡る空。昼下がりの午後。


 こんな空の下にいたら、さぞ気分も高揚することだろう。


「……倉本くん、そんなに暑かったの?」


「……あぁ、人が多くてな……」


 だから、俺が少々オーバーヒート気味なのも普通と言えるだろう。


「……あ、辰くん行っちゃうよ」


 駆け足で、イケメンを追う青山の後ろを、深呼吸と共に何とかついて行く。



◆◇◆◇


 

「ねぇねぇ、その服可愛いね。俺の友達がそこの服屋でバイトしてるんだけど、よかったら一緒に行かない?」


「あー……ちょっと今用事が……」


 困ったようにそう答える青山。相手は、そこそこかっこいい男。この時間に駅前をふらついてるんだから、大学生で間違いないだろう。


 そんな男を、俺は目つきを鋭くして睨みつける。


「うっ……か、彼氏? あー……今回はいいや。ごめんね?」


 後味悪そうにこの場を後にする男の背を睨みながら、その視線を青山に移す。


「……お前、いつもこんななの?」


「うーん……今日はちょっと多いかも。倉本くんの目力を何度も借りちゃってごめん」


 手を合わせて謝ってくる青山だが、大変なのはこいつも同じだろう。


 青山へのナンパだが、駅に来てから既に4回を数えている。

 その度、俺がああやって牽制している。目つきの悪さを頼りにされているようで心外だが。


「大変だな……なまじ彼氏がいないだけに辛いよな。自分のことを好きになるのはこんな奴ばっかなのかーって」


 ナンパされる女の中には、自分の価値が認められた感じがして喜ぶ奴もいるだろうが、こいつはそういうタイプじゃないとはっきり分かる。

 何てったって、これほど顔がいいのに本人は一度も満足のいく成果を得られていないからな。こいつは、残念なんだよ。

 

「……その通りだけど! その通りだけど!! いつから心の代弁者になったの!? ほらさっさと行くよ! 辰くん見失っちゃう!」


 ぷんすかぷんすか言い出した青山は、急かすように歩き出した。


 青山の歩く先では、ちょうどイケメンがゲーセンの自動ドアを潜ったところだった。



◆◇◆◇



 ゲーセン特有の賑やかさに包まれてもなお、イケメンは一際目立って見える。

 見た目だけじゃなく、なんだかオーラがある。悔しいが、あいつは本物だ。


「あ、店員に話しかけたぞ」


「景品の位置を変えてほしいみたいだね」


 周囲に溶け込むため、近くのクレーンゲーム機を操作しながらそんなやりとりをする。

 

 しかしあのイケメン、人見知りという割には割と平気そうに店員に声をかけている。


「しかもあの店員、女の人じゃねぇか」


「極度の人見知りって感じでもなさそうだよね」


 青山はガラス張りの向こうでぬいぐるみを掴むクレーンを凝視しながら、俺の会話についてくる。


「今度は別の人と話してる。友達かな? ……あ、倉本くん100円ある?」


「男友達か。普通に話してるな。……もうねぇよ。お前が夢中になってどうする。これ確立機だから、どうせ取れねぇぞ」


 拗ねる青山を横目に、イケメンの動向にも目を向ける。


 複数の男友達と仲良さげに話し、手を振って別れている。


 こう見ると普通だ。極度の人見知りでもなければ、女嫌いにも見えない。 


 これは、及川が話しかけてもいけるんじゃ? 


 ……そう思ったが、


「あ、今度は女の子が話しかけに行ったよ」


「……そう簡単にはいかねぇか」


 俺は、すぐさま甘い考えを振り払う。

 

 おしゃれな、いかにもイケイケな感じの女子大生2人組が、あのイケメンに声をかけていた。


 ……が、イケメンの反応はそっけない。というより、無視をしている様子だ。


「ねぇ、聞いてる? 私たちとも遊ぼうって言ってるんだけど……」


「そうだよ! きっと楽しいよ! ……あれ? 反応ない……」


 女子大生たちの会話に耳を傾けると、そんなやりとりが聞こえてきた。

 逆ナンってやつか。俺の辞書に載ってないから、架空の造語かと思ってた。


「……ちょっといい加減にしてよ。せっかく話しかけてるのに、その態度は失礼じゃない?」


 女の1人が、苛立つようにイケメンの腕を掴んだ。

 その瞬間、さっきまで無視していたイケメンの顔が変わった。

 汚いものを見るようにも、恐怖に怯えているように見える、そんな歪んだ顔。

 そんな顔を見せた直後、手を振り解くように腕を振った。


「……イタッ!」


「ちょっ、ちょっと大丈夫!?」


 友達の女が心配そうに見つめる横で、腕を振り解かれた女は怒りに顔を歪めている。


「……なんなのよ。あんた、いい加減に––––」


「ストップだ」


「な、なによあんた……!」


 女の矛先が俺に向くのを感じた。後ろでは、イケメンが驚いたような声をあげている。


「もうやめろって言ったんだよ。こいつ、困ってるだろ?」


 女がイケメンを鋭く睨みつけるのを見て、俺は咄嗟に駆け出していた。

 あぁ、ナンパから彼女を守る気持ちってこんなのかな……なんて思ったり。


「あ、あんたには関係ないでしょ!!」


「そうでもないぞ。店内でイケメンに欲情してる女がいる、って店員を呼びに行きたいくらいには迷惑してる」


「はぁっ!? あんた、見てたんなら分かるでしょ! この男が私に暴力を振るったのよ!」


「そうさせるまでしつこく言い寄っていたのはあんたらなようにも見えたけどな。自分の権利ばっかり主張するもんじゃないぜ」


「……っ!」


 女が言い淀むのを見て、俺は畳み掛ける。


「それに、こいつの腕を先につかんだのはあんただろ? 初対面の人間にすることか?」


「……う、うるさ––––」


「も、もう行こうよっ! この人、なんかめんどくさそうだよ?」


 おっと、めんどくさいとはこれまた心外な。なんだ? なんか最近、俺に対する周りからの評価が著しく下がっている気がする。


 荒ぶる女を連れて店を出て行く女子大生を見送り、後ろで震えている小鹿ちゃんに目を向ける。


「大丈夫か?」


「…………」


 返事がない。ただのしかば––––っておいイケメン! 


 イケメンは、本気で震えていた。唇はわずかに青く、息も荒い。


「イケメン! しっかりしろ! おい!!」


 俺は、震えるイケメンをお持ち帰りすることにした。

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