第6話 「幸運系」って聞いただけで峯音ちゃんがテンパってるよ! あれ、チャンネル登録者数が2.7万人まで跳ね上がっていて……

 「嫌です。私は契約書に名前は書きません」


 「せやせや! そうやって火憐かれんを仲間にしようとするこっすい大人たちが仰山ぎょうさん現れたんや! お前ら猫たちもそういう類のもんやろ!」


 「配信者はいつも主人公でいるものです。どこかの傘下に入るなんて言語道断です」


 「あっらー。断られてもうたぜ。どうするお前ら」


 クゥがどこともなく声を上げた。周囲は夕暮れからもう既に薄暗闇に変わっていた。


 「言うしかないでしょ」


 「何で『赤髪』と同じような手法を取ったんや……そら断られるに決まっとるでクゥ」


 「メインスキルまで言うとはお前は本当に女に弱い」


 「……」「……」「……」「……」


 ぞろぞろと。木陰から。藪の中から。どこからともなく現れる集団。


 薄闇で顔は見えない。


 「来たな奇襲。こういうのがネタになるんや。撮ったるで」


 「ストーカーだ。集団ストーカーだ。異性界にもいるんだ。撮ろ。集団ストーカーに囲まれています。この人たちの顔を見たら通報してください」


☆☆☆

☆☆☆


 「集団ストーカーに……囲まれて。いません」


 荒巻火憐は集団ストーカーという言葉を使うのを諦めた。


 その集団は荒巻火憐や御領峯音のことを全く相手にしていなかった。


 簡単に言えば家族会議の真っ最中。


 「どうしよう。私たちさあ、完全に蚊帳かやの外だよね」


 「火憐。動画配信の基本は自分の声を載せないことやで。声を載せるなら顔も一緒に載せないとあかんのや。痴漢とかストーカー行為にあったときは黙ってその行動を撮影しておくことが、被害者案件を撮る絶対的なコツなんやで」


 「うー。ただ黙ってカメラを回すだけかあ。私はそういうのは苦手かなあ。自分が映っていないと撮ってる意味が無いような気がするしなあ」


 「ウチと火憐の違うところはそこやな。価値観の違い。配信者とインフルエンサーの違いかもしれんな。性根の違いやね。互いに価値観を大事にしていこうな」


 「よーし分かった」


 猫が荒巻火憐と御領峯音に振り返った。


 「オレは優しいから忠告しておいてやる。配信を止めるんや。二人揃って若い女子二人がスマホに釘付けって、年配者のオレから見たら悲しくてしょうがないんや。人生楽しく生きていこうぜ。気ままに。猫だけに。にゃははは。


 配信を止めるんや」


 二人は若かった。この世に出回っているものは全て公開されていると信じ込んでいるほど若かった。まだ十七歳と十一歳である。


 後悔しても、もう遅い。


 「荒巻火憐は幸運ラック系のスキルを持ってるんや」


 「は」


 御領峯音は直ぐにスマートフォンの録画停止を押した。押したつもりだった。震える手で押して、ただ画面だけを指で叩いていた。そのままスマートフォンを落とした。


 すぐに落としたスマートフォンの録画停止ボタンを押す。


 「火憐めるんや! めろ!」


 火憐は言われた通りに止めようと画面を見るとスパチャがおかしな状態になっていた。


 『は?』

 『えええええええええ』

 『ちょ待て』

 『これはあかん』

 『キター』

 『マジであかんやつや』

 『大人こわ』

 『猫ww』


 スパチャが多い。あれいつの間に。


 チャンネル登録者数を見ると、1.2万人。ええええええええ! チェックしておけばよかった。いつの間に! 私も一気にインフルエンサー……。


 喜んで良い場面っぽくなくない? 峯音ちゃんもテンパってるし。


 私は一応、Tubeの画面をスクロールした。するとチャンネル登録者数が2.7万人になっていた。


 これって炎上って奴じゃ?


 「め! よ!」峯音は火憐からスマートフォンを奪い取ると、すぐに録画停止のボタンを連打した。


 スパチャがどうなっているかは見る暇もなかった。


 「若くても分かるもんか。今の状況が」にゃははと笑う猫。


 「世の中には表に出さん方が良い情報が仰山あるんやで。峯音の真似じゃあるまいが。猫だましって奴やな。猫だけに。にゃははは」


 猫が勝手に喋るだけで、御領峯音は全く反応できなかった。


 特に御領峯音である。特別に御領峯音である。


 「『アイーダ』に入ります」御領峯音が最初に口にしたのは、ギルドへの参加だった。


 参加というよりも、避難に近しいか。


 「入らせてください『アイーダ』に」


 「峯音ちゃんどうした。何か弱みでも握られたの?」


 「火憐ちゃん……あんた」


 神の後継者やで。とまでは言えなかった。


 「どこまでの不幸を。あんたは」


 「はい?」


 「火憐……さま」


 「おろ?」


 「訊いていいのか。訊くだけ無粋なのか。私には分からん。けど訊くけど。現世ではどんな感じだったん? 親が交通事故で死んで両親の顔も見たことないとか。小学校すら行けずに幼いころからずっと借金返すために働いとったとか」


 「いや。普通に親居たけど。働いてみたいとは思うね」


 「十一歳って、動画のネタだったんちゃうんか……」


 「最近歳をとって十一歳になっちゃったね」


 異世界に行くのは高校生から。


 義務教育が終わるまでは異世界への扉は開かない。


 法律でも決まっている。異世界の条例でも通式だ。なんなら十五歳以下は問答無用でプログラムにより弾かれる。


 ヤバい情報が動画で流れた。『赤髪』が旅団で来たのも納得した。


 「せめてもの。火憐。『アイーダ』に入ろう」


 「嫌だ!」


☆☆☆

☆☆☆


 「烏猫からすねこ! あんたがウチに入りなさい。『アイーダ』から脱退しろとは言わないから。一匹だけで私たちに着いて来なさいな」


 それなら利用とかも無いでしょ。


 「火憐ちゃん。あんた『キズナ』の話したやろ。オレが『アイーダ』から離れたらサブスキルは何も使えんくなるんやで。せっかくの『鑑定』スキルとか。他にも色々。仰山便利なサブスキルはあるで」


 「『空間』だけでいい」


 「……おいいい加減に」後ろから男が乗りだそうとしてきた。「やめい。やめい」と猫は前に出ようとする男を制止する。


 「そうか。火憐が言うならしゃあないわ。オレ。『アイーダ』の猫、クゥだけでお前らをサポートしてやるわい」


 「本気で言っているのか!?」後ろからショートヘアの女の人が声を荒げる。


 「クゥ。冷静になれ。今や荒巻火憐が幸運ラック系のスキルを持っていることは全世界にバレた。異世界どころではない。現世でも政治・警察・国家公務員。権力を持つ機関は全て動くぞ」


 「まあ、オレは女好きなんだ」


 にゃはは、と乾いた笑い声を出す紫烏色しういろの猫。


 その笑い声には、少し先の未来をも見通しているかのように、森中に小さく響いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る