第22話 モクローリメシスの日

「そろそろお時間です、ヘレナ様」



 同時刻、”管理室フォルト”にて。

 いつもより活気づく街の風景をヘレナは眺めていた。



「遂にこの日がやってきたのぉ~いよいよじゃ」



 彼女は「九大厄魔くだいやくま」として、かつて魔王軍を率いた精鋭の一人。

 ”幻影魔術レヴェナート”で管理者ファルシェに成りすまし、この街をずっと支配してきた——全てはこの日のために。



「なあヘレナ、俺たちは手当たり次第殺せばいいんだよな?」


「あぁ、好きに殺すがいい。今日は惨殺日和じゃ」



 ソファに腰かける毛むくじゃらの大男が、下衆な笑みを浮かべる。

 彼もヘレナと同様に、”幻影魔術レヴェナート”を用いて人間のフリをしていた。

 もう一人の側近である、カール巻きの女も同じである。

 彼女はとても嬉しそうにしながら語り始めた。



「人が大量に集まる文化祭当日に計画を実行できてよかったです。今日はとっても楽しめそうですね」


「あぁ、そうじゃの。これも、チャオがあの男の口を割らせてくれたからだ。感謝するぞ、チャオ」


「い、いえ……それほどでも」



 予想外の誉め言葉に、側近の女──チャオは頬を赤らめる。

 彼女は、毒を用いることで管理者ファルシェを拷問し、結界を操作するための”魔導書”の隠し場所を吐かせた。

 その功績は著しく、今、ヘレナの手には”魔導書”が握られている。ヘレナはかなりご満悦のようで、先ほどから鼻歌を歌っていた。



「おいおい、俺も褒めろよな。誰のおかげで”結界”を潜り抜けられたと思う?」


「頭に血を登らせるな。お主にも感謝しておる。だから我の幹部に添えたのじゃ。リーク、お主の”幻影魔術レヴェナート”は大変有能であったぞ」



 村の結界がテュランを弾いたように、「メル地区」の結界も魔人と魔物を自動的に拒絶する機能を持っている。

 その防御性能は、「九大厄魔くだいやくま」の一人である”ヘレナ”をも阻む力を有していた。この要塞を潜り抜けるために、彼女の側近である毛むくじゃらの大男――リークは、”幻影魔術レヴェナート”を応用させることで結界を看破した。


 その上、幻影魔術レヴェナートの活躍はこれだけではない。

 この魔術は、魔人が最も得意とする技であった。



「魔物も我らと同等レベルの”幻影魔術レヴェナートを使えたらよいのだが……さすがに都合が良すぎか」


「確かに魔物は不器用な生物ですが、わき目もふらず人間を殺す姿はとても愉快ですよね」


「そうじゃのぅ! 人間が悲鳴を上げながら食われる様は見ものじゃ!」


「この計画が成功したら……きっと魔王も喜んでくれますね」


「……ふむ」



 ヘレナが、考えるように難しい顔をする。すると何かを思い出したのか、彼女は目覚めたように「あッ」と声を上げた。



「そういえば、あの男……」



 ヘレナの頭で反芻する、一人の人間。

 以前「メル地区」の環状交差点にて偶然出会った、謎の男。

 海老色の双眸と、オールバックの銀髪が特徴的な印象深い男であった。

 ところがヘレナの心を打ち抜いたのは彼の容姿ではなく——



「……”匂う”」


「どうかされましたか?」


「…………」



 憑りつかれたように沈黙するヘレナを心配して、側近のチャオが首を傾ける。しかしヘレナは、すぐさま気を取り戻して笑顔を浮かべた。



「まぁ、気のせいじゃ!」



 ヘレナは、心の鱗片で浮かび上がったテュランを追っ払う。何せ今日は惨殺日和。”祭り”のまえに無駄なことを考えては興が醒めてしまう。

 彼女は余計な思考を捨て去ると、これから起こる未来に想いを馳せた。

 魔人の宿敵である人間、それらを一度に大量に屠ることが出来る今日という日をヘレナたちは心待ちにしていたのだ。

 すでに準備は整っている。あとは、やるだけだ。



「遂に……始まるぞ」



 一年前、魔王軍は「転生者」をまえにして滅んだ。

 だが、軍の残党は依然として活発だ。

 これは、再演である。人類と魔人の大いなる戦争……



「……皆殺しじゃ」



 当時の快感を思い出したヘレナは、強大な歓喜に身を震わせた。



*     *     *


 「メル地区」の中心地帯――。

 桜の大樹を中心として展開される環状交差点の上では、「テルマン学院」の文化祭を祝してパレードが行われていた。

 見事な演奏を披露する楽器隊、放たれるは新緑の音楽。それを聴いた「テルマン学院」の生徒たちが、激しく踊り散らかしている。可愛らしく青緑の制服を着こなしながら。


 時折、黄色い声が聴こえてくる。金切り声みたいな音色だ。誰かが叫んでいるのだろうか。とても大きな声だ。だが、誰も気づかない。だって、みんなは黄金の演奏に夢中なんだから。


 時刻は、すでに正午。だいだいに照る陽光が、煉瓦の地面をジリジリに熱している。赤みがかった煉瓦式の建物が、周囲の熱気と同化していく。


 熱い。とても熱い。

 熱は、やり場のない怒りのように発露を求めて侵食していく。

 その進撃は、もはや誰にも止められない。


 常緑の演奏が、しだいに錆びていく。赤さびだ。演奏者もつかれきっているのだ。

 演奏だけじゃない。青かった空も、どんどん赤くなる。青白い”半透明な膜”が、つぎつぎに敗れていく。


 そして現れる、はじまりの飛沫。

 街中をぎらぎらと埋め尽くす、朝焼けのような光。

 しかも、その光があちらこちらと拡散するごとに、道をはさむ建物たちが一同に倒壊していく。

 なんと盛大なパレード、たのしいお祭り!


 あちらに火が立ち、こちらにガスがただよう。

 大地には、建物の下敷きとなった人が見え、そこから血が漏れ出て、大きな赤き池を形成している。

 さっきまで青緑の制服を着ていた生徒たちも、真っ赤な炎に包まれて、立派な声を上げている。


 っと思ったら、眼前で火花がほとばしり、煙が空を舞う。人の声はかき消され、街の至るところで火が燃え上がる。


「だ、れか……た、す、けて」


 地獄みたいな惨状に、ものすごいつむじ風がやってくる。

 折れかけていた大樹が、完全に没落した!


 どうやら、お客さまがやってきたようだ。

 人間の悲鳴が、さらにヒートアップしていく。

 倒壊した街が、ばちばち鳴っている。


 十頭蛇龍ヒュドラが、舞い降りた。

 奴は、1931個の心臓と、十個の頭部と、二十三枚の翼を生やす巨大な魔物だ。

 暴風を起こして、半壊した街を吹き飛ばす。

 倒れる人など、丸呑みしちゃう。

 悲鳴も聞こえない。

 イケメン男子も、お構いないさ。むしろ大好物!


 そんな九頭蛇龍ヒュドラの周りを飛ぶのは、無数の頭虫チョンチョン

 人間の頭のような姿をしており、耳に一本ずつ翼が生えている。奴らは「奥さんの機嫌は如何ですか?」もしくは「息子さんのご様子は?」と叫びながら、人間に襲い掛かる。人のことばを話せるから”魔人”の定義を一部満たしているものの、便宜上”魔物”に指定されている。

 


 一方、南の空から来たのは将軍鳥ユニコーン率いるワイバーン軍団。

 将軍鳥ユニコーンは、黄金の毛と七色の翼を持つレアな魔物。滅多に現れない激レアさんだ。

 でも、こんなにたくさんのお肉があれば涎を垂らしてやってきちゃう!


 もちろん魔物は空だけじゃない。陸にもいるぞ。

 レッドウルフは臭いで獲物を探す。どこに隠れたって、流血してたら必ず捕まる。敵対したら決して逃げられない、それがレッドウルフだ。


 おっとあちらに見えるのは、血を吸っている水魔ケルピーである。水魔ケルピーは、水で出来た馬型の魔物だ。生き物の血液を愛する、タチの悪い連中だと言われている。

 その横を歩くのは、人の形をした骸骨姿の魔物――ヴィジェノヴァート軍団だ。某国の兵隊さんのように隊列を組んで、可愛らしく人間を狩っている。奴らは、幻覚で敵を惑わせ、その間に絞め殺す。


 東の森から来た魔物は、口裂猿ポリコレンたちだ。

 こちらは、外来種に指定されている魔物である。

 ボロ布一枚を羽織って、四足歩行で歩く。世界で最もけがらわしい生物であり、人間の性器を狙う習性がある。

 男のイチモツを嚙み砕き、女のケツ穴に爪を突き刺す。とても恐ろしい魔物だ。


「あぁぁぁぁいやぁぁぁぁぁ~!!!」


 人間を見逃してくれる魔物など、一人もいなかった。

 

 


 





 

 

 

 

 

 

 


 


 





 







 

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