引きこもり語る

 そう思ってボロボロぐすぐす泣いていると、玄関チャイムが鳴った。モニターで確認したら知らない男の人だったが、胸のあたりに名札を下げている。


 小学校の先生のようだ。


 どうしよう、開けていいんだろうか。アユムくんも青い顔をしている。


「すみません、ちょっと開けていただけませんか?」


 なんだろう、怖い。でも開けるほかないのでドアを開けた。先生は丁寧に一礼して、靴を揃えて上がってきた。冷蔵庫からルイボスティーなるおいしいお茶を出す。


「えっと、篠山進さんの奥さんですよね」


「そうです。あおいと申します」


「わかりました。歩くんは、家ではどのような様子ですか?」


「自主的に勉強したり、猫と遊んだり、アニメを観たりしています」


「そうですか。きょうですね、クラスの児童から、歩くんが以前にいじめられているのを見た、という情報が上がってきて。それでお邪魔したのですが」


「そうでしたか」


「ご主人に連絡したのですが、なにも?」


「忙しいみたいで」


「そうですか。いじめをした児童に話を聞いたら、自分たちのやったことがいじめだとは思っていなかったみたいで。なんとか許してくださって、歩くんと握手で仲直りすることはできませんか?」


 たぶんわたしがタヌキの置物だったら「ピシッ」とヒビが入っていたと思う。


「わたし、元引きこもりなんですよ」


「……はあ」


「中学のときに同じことをやらされました。いじめをした生徒と握手で仲直り、って。そんな、形式的な儀式で、壊れた人間関係が修復できると?」


「え、い、いや、いじめをした児童は、反省していると。歩くんにまた学校に来てほしい、と」


「相手が反省していても、こちらは多大な傷を受けているんです。反省したから仲直りしようなんて、いじめる側の都合のいい話じゃないですか。違いますか」


「い、いえ、その、えっと……」


「わたしはいじめというものを一切許しません。わたしの人生もいじめで壊れたからです。20年引きこもっていたんですよ、中学を終わってから。本当なら高校に行って友達を作って部活をして、大学に行って、就職して、という当たり前の人生を送っていたはずなのに、中学校のころいじめられていたせいで、20年を無駄に使ったんです。この気持ちわかりますか?」


「その……申し訳ないです」


「わたしはアユムくんを守って、あの時守れなかった自分を守りたいのです。アユムくんはフリースクールに通わせることに決めました。お帰りください」


「し、失礼しました……」


 小学校の先生はそそくさと帰っていった。ざまーみろ。

 アユムくんとハイタッチする。あの先生は学校では結構えこひいきしたり、ひいきでない子を強く叱ったりする嫌な先生なのだそうだ。冷蔵庫から泉さんのババロアを出してきて食べた。勝利の味だった。

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