引きこもり二日酔いになる

 うちの親は誠実な人だったので(少なくともわたしが子供のうちは)、ビールの泡をなめさせてもらうとか、缶のカクテルをなめさせてもらうとか、そういうことは一切なかった。

 だからいまススムに提案されたビールは、完全にわたしの人生初のビールである。人生初のアルコールである。


 わたしは家を結婚という形で脱出し、アユムくんとお外(しかも東京)を歩いて、泉さんのおしゃべりをかわし、完全に気が大きくなっていた。


「……飲んでみようかな。グラスってどこ?」


 それがあんなことになるとは、そのときはつゆとも思わなかったのだった。そこから先の記憶はない。


 目を覚ましたらすでに次の朝になっていた。ベッドに寝ている。ううーむと体を起こす。向こうではススムがワイシャツに袖を通しネクタイを結んでいる。

 すさまじい頭痛に見舞われ、「ううう……」という声が出た。噂に聞く二日酔いだ。


「あっ、あおい。起きたのか。無理するな」


「いや……だいじょぶ。喉カラカラだ……お水飲まなきゃ」


 ずるずると体を引きずるようにして台所に向かい、水を汲んでグビグビ飲む。はあ甘露甘露……という気持ちである。


「あおい、そんなに真剣に家族のことを考えてたなんて知らなかったよ」


「え?」


 どうやらわたしは酔っ払ってなにかやらかしたらしい。頭痛をこらえつつ、なにをしたのか聞いてみる。


「家事をぜんぶ泉さんに任せるのは構わないけど、なにか責任を負いたい、って言ってたぞ」


 どうやら酔っ払ってつい本音が出たらしい。そうなのだ、家事労働はそもそもできないのだから泉さんに任せるしかない。

 でも、なにかこう……この家に於ける責任を、一つだけでも背負いたい、と考えていたのは確かだ。


「あおいって昔と同じで優しいんだな」


「そんなことないよ。で、家族会議の結果はどうなったの?」


「会議は特にしてないぞ。あおいが大虎になっちゃったから。そうだなあ……」


 ススムは考えこむ。


「アユムが、動物を飼ってみたい、って言ってるから、ハムスターでも飼ってみようかと思ってるんだが、一緒にペットショップ見にいってくれないか? アユムだけじゃ世話もできないだろうし、ペットって病院代すごいらしいし、そこの責任を背負ってくれれば」


「うん、わかった。ペットショップってここからだとどこが近いの?」


「ホームセンターに入ってる。アユムが知ってるよ」


「かしこまってござる」


「兄ちゃん、あおいさん、おはよう」

 アユムくんが起きてきた。真人間の笑顔を取り繕う。


「おはようアユムくん。きょうは一緒にペットショップ行ってみよっか」


「え?! ペットショップ?!」


 アユムくんは目を輝かせた。そして、わたしはもう2度とアルコールを飲むまいぞ、と決意したのだった。

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