引きこもりセルフレジを使う

 マンションの部屋を出て、頑張ってエレベーターを使って地上に降りる。外の日差しが眩しい。シャバだ。


「じゃあさっきのスーパーにいってみよう」


「うん!」


 アユムくんはわたしのワンピースの裾をつかんだ。わたしはスマホでグーグルマップを表示する。次の角を曲がればあるはずだ。


 それにしても東京というところはたくさんの人が歩いているのだなあ。不思議な気分だ。怖いが、基本的に他人だと思えばそう恐ろしくないことに気がついた。


 ときどきすごく奇抜なファッションの人もいる。原宿が近いのだろうか、という偏見を持つ。


 東京は人がたくさんいるところだから、わたしみたいなのがいてもじろじろ見るようなことはしない。

 2年くらい前にキッチンバサミで切ってそのままの、なんの手入れもしていない髪でも、東京の風になびかせればスーパーロングの黒髪だ。白髪の生えにくい体質でよかった。


 なんとかスーパーにたどり着いた。売り場はさほど混雑していないように感じる。

 しかし野菜はどれも少し萎れ気味で、肉も汁っぽい。まあ仕方があるまい。東京まで流通してくる間にそういうことになってしまうのだろう。

 とりあえず食事そのものは多少あるし、アユムくん曰くハウスキーパーさんが食材を持ってくるらしいので、お菓子を買うことにした。いろいろなメーカーのお菓子が色とりどりに売られている。アユムくんはキャラメルコーンを選んだ。わたしと半分こすることを考えてだろう。ついでにコーラも買う。

 とりあえず選んだものをレジに通そうとして、レジのほとんどがセルフレジになっていることに気づいた。


 セルフレジ、実はいっぺんも使ったことがない。なんせ20年引きこもりをしていたので。

 それでもゲーム感覚でどうにかレジをクリアした。ああ、恐ろしい。恐怖の東京じゃん。いや田舎でもセルフレジはあるんだろうけど。

 もしわたしの故郷でセルフレジが普及してたら、操作できない爺さん婆さんで逆に長蛇の列ができそうだな。そう思いつつ帰り道を歩く。子供のころから道を覚えるのは得意だ。


 マンションに戻ってくるとハウスキーパーさんがドアの前にいた。しまった、留守番してなきゃいけなかったのか。ハウスキーパーさんは感じのいい中年の女の人で、わたしの親より少し若そうな感じである。


「ごめんなさい、いらっしゃるって知らなくて」


 わたしは申し訳なく思って頭を下げた。ハウスキーパーさんは、


「大丈夫ですよ。アユムくん、お外に行ってきたの?」


 と、アユムくんに声をかけた。


「うん! あおいさんと一緒だと怖くなかった!」


「そう、それはよかった。えっと、あおいさん。話は篠山さんから伺っております。ご結婚おめでとうございます」


「いえ……その、ありがとうございます」


 祝福の言葉をかけてもらうなんて、いつ以来だろう。それに感謝の言葉を返すのも、いつ以来だろう。

 とにかくドアを開けた。ハウスキーパーさんを通すと、ハウスキーパーさんは持ってきた食材をドサリと台所に置き、料理を始めた。

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