その鍵は誰のもの?

 十字路に人が集まっている。

 まるで肉でできた生垣のように。

 その輪の中心では二人の人間がもつれ合うように重なっていた。

 下になった人間の胸に刃が突き刺さり、その切っ先は背中から飛び出している。

 上に跨った人間は包丁の柄をしっかりと握り締め、柄をも通れと全体重をかけていた。

 人垣は最初悲鳴を上げていたが、慣れてきたのか次第に静かになり、今や三重の厚さと化した人垣からは、蛞蝓の目のように伸ばされた腕が携帯のカメラを構えている。

 動画を撮りながら唾を飛ばして実況するスーツ姿の女性もいれば、まるで芸能人を見つけたかのように、高校の制服をきた学生服の一団がシャッターを連写していた。

 激しく明滅するフラッシュは加害者の全身を焼き尽くす硫酸のような熱を持っていた。

 どこか遠くでサイレンの音がする。通報を受けてこちらに向かっているのだろうか。

 騒音の中である一言が加害者の耳に飛び込んだ。

 こっち向いて、と。

 だからぼくは声の主の方に視線を向けた。

 最前列の女子高生が笑顔でカメラを向けて来る。

 視線が合っても逃げる気配を見せない。

 恐らく始めて見る惨状に酩酊しているのか、それとも人垣が逃げ出す気配がないから自分も大丈夫だと判断したのか、遊園地の人気キャラを写真に収めるようにシャッターを切り続けている。

 ぼくが立ち上がっても、携帯を動かすだけで何の危機感も抱いていない様子。

 恐らく近づいて来るサイレンも、彼女達に儚い安心感を与えているのだろう。

「ねえ、一体どっちが奇異だと思う?」

 血の海に沈んだ見ず知らずの被害者から、封印された聖剣を引き抜くように胸から生えた柄を力一杯引っ張る。

 骨に引っかかったのか中々抜けなかったが、尻餅をつく勢いで牛蒡抜きすると、体内で堰き止められていた血液が潮吹きのように溢れ出した。

 体制を崩したので返り血をもろに浴びたが、無事に凶器は手に戻った。

 始めて人の命を奪った包丁を天に掲げると、紅いショールを纏った刃は所々欠けているが、橙色の陽を反射する姿は人肉という新たな肉を切り刻む悦びに目覚めたように見えた。

 ぼくは再び、あの女子高生と目を合わせ口角を上げてみせる。

男女問わず惑わせてきた笑みを向けると、こんな状況にも関わらず彼女は頬を赤らめた。

 相変わらずカメラを向けていたが、何かを察したのか、前のめりだった身体がゆっくりと後ろに下がり、手ブレ防止でも防げないほど携帯が震え出して、最終的に携帯の角がアスファルトと接触した。

 その音を合図にぼくは一目散に走り出す。

 悲鳴と歓呼の声に彩られた宴はまだまだ終わらないし、終わらせない。

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