第8話 妹

 幸いにして、麗羅の術後の経過は良く退院してそのまま施設へ入ることになった。

 その日大友は、自分の部屋にあった麗羅の荷物を持って、病院へ見送りに行った。

ケースワーカーの女性が退院の手続きをしている間、麗羅は大友の横へ来て、そっと手をつないだ。

入院生活の間に顔見知りになった看護師達が

「麗羅ちゃん退院なんだね、おめでとう」

と口々にいうと、小さくはにかむ。

手続きも無事終わり、ケースワーカーの用意していた車に、不安そうな眼差しで何度も大友を確認しながら麗羅が乗り込む。

 車は、病院を出るとカーブして大きな橋を渡る。

後部座席に反対向きに座り、麗羅が大友に手を振り続ける。

麗羅に見えるようにと、大友も精一杯手を振る。

やがて車は見えなくなり、大友は意味もなく、さっき麗羅が車で渡った橋の中央あたりまで来ると、欄干に身を寄りかからせ川風を顔にあて、いつまでもたたずんでいた。


「大友さん、大友のおじいちゃん。」

遠くで、声が聞こえる。

「起きた?」

「いえ、まだです」

「そう、妹さんには連絡は?」

「ついたんですけど、遠いんですぐには」

「しかたないわね」

誰かが、夢の中で会話している。妹、まゆこのことか。

 まゆこには迷惑をかけた。


麗羅が施設に入った後すぐに、田舎の母の具合が悪くなった。

離れている大友には、たまに見舞いに行ってやることしかできず、結局まゆこが母を看取ってくれた。

葬儀と四十九日の法要を一緒に済ませてアパートへ帰ると、郵便受けに溜まっていたチラシをごっそりと出した。

まとめてゴミ箱へ捨てようとしたら、黄色とピンクの派手な紙の切れ端が一枚落ちた。

 二つに折られたメモ帳らしき紙を開けると、鉛筆で

『あいにきました。れいら』と書かれていた。

麗羅が、来たのだ。


 麗羅の入院中ほぼ毎日を見舞いに行くなかで、何度か大友も警察から事情を聴取された。

そこで、今回の事件は、大友が買ってやった指環欲しさに麗羅の母親の情人がしたことだとわかった。

自分が無分別にしたことが、麗羅を傷つけたと思うとやりきれなかった。

 それなのに、会いに来てくれた。施設を抜けだして来たのか。

学校も転校して、子どもの足では、けっして近くない距離の筈なのに。


その夜落ち着いてから、まゆこに電話して田舎に帰れないことを告げた。

家も土地も全てまゆこに渡すと財産放棄の念書を書くからと言い、そのかわり自分にも、まゆこの子どもである甥や姪になにも残さないという覚書に、サインして欲しいと言った。

 最初まゆこは、お兄ちゃんは、あんなにお母さんに可愛がられていたのにずるい。

と言ったが、だからと言って兄妹の縁が切れるわけじゃないよね。

と、まゆこが言ってくれた時には、目頭が熱くなった。

「ありがとう。ゴメンなこんな兄ちゃんで」

 そう言うと、電話の向こうでまゆこも声をつまらせながら

「ごめんね、昔いろいろ心配かけて」

 と言ってくれた。

肩の荷が降りた気がした。

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