09 聖火街






 エルザは挨拶回りをすべく氷刃龍シヴィアエレジナの居るカルフスノウ大聖堂龍司教の間を通った。ここを通らなければ、外へは出られないからである。


 その際、少し暗い顔をしていた氷刃龍と目が合ったのでエルザは一旦立ち止まり、微笑んで言った。


「氷刃龍…様ですよね。あの、本当に色々とありがとうございます」


 その言葉を受けた氷刃龍は、すぐさま威厳に満ち溢れた表情に戻し、微笑み佇むエルザをまじまじと見てから言った。


「何、礼などいらぬ。心あるものとして当然の事をしたまで。部屋の内装等の不満点は…自分でどうにかせよ」


 氷刃龍にとっては、あくまで自分は住居を与えたまでだという認識なのだろうか。素っ気なく、そして何処か寂しげにそう言う氷刃龍を見て、エルザは胸の奥底に違和感を感じた。


「………」


 エルザにはそんな胸の違和感の正体は分からず、暫く考えてみようかと思ったが、挨拶回りに行かなければというやるべき事を思い出して、今もエルザをまじまじと見る氷刃龍に


「では、私は皆さんに挨拶をしに行かなければならないので…」


 と言って、軽くお辞儀をし龍司教の間を出ていこうと扉に手をかける。そして、自分の自室となった部屋の扉とは違ってすんなりと、木のきしむ音も響く事なく開く扉を少し羨ましく思いつつ龍司教の間を出ていった。







           ◆







 氷刃龍の居る龍司教の間の扉を開けて出て、広々とした真っ直ぐな廊下を歩いて外へと出る為の扉を開ける。


 ガチャリ、と音を立て扉を開くと、目の前には綺麗に整備された石畳の広場があった。ラービスに強引に連れてこられた時は気が付かなかったが、大聖堂前には中々の広さの広場があったのだ。広場の脇の花壇には、彩り鮮やかな花々が植え付けられてあった。こちらもきちんと世話が行き届いているようだ。生き生きと咲き誇っている。


 しかも広場には雪が残っていない。周りの草地などには残っているのにも関わらず、広場には雪がなかった。誰かが雪かきでもしているのだろうか。おかげで足を滑らすことなく、大聖堂を出ることが出来た。



「ふぅ……」



 この街の病院で目が覚め、街に住みたいと言うなりラービスに強引に大聖堂へ連れていかれるも入れず、宿屋へ行き自分のだと思える服に着替えて再び大聖堂へ連れてこられてはベット以外何も無い自室を用意されて……と、とにかく色々とあったが不思議とエルザは疲れていなかった。むしろ、これから始まるであろう自身の新しい人生に期待している様だった。この街に住みつつ、記憶の手がかりを探してゆく。案外それも、悪くは無いのかもしれない、と。






「さて…と、挨拶回りは何処から行けばいいんだろう?」


 まだこの街についてはよく分からない。どこに何があるのかなど街の案内図でも見ない限り、迷うような気さえする。迷った時の目印になりそうなものと言えばこの大聖堂だが……。


「……まぁ…、歩いていけば段々と分かってくるかも知れないから…」


 とりあえず歩いてみよう。迷ったら、誰かに道を尋ねればいいだけの事。

 そうエルザは考えつけて、大聖堂前の広場を歩いて行き、多くの店が並ぶ場所へと来た。


「あの青い屋根の建物は……なんのお店だろう?」



 エルザの目に真っ先に飛び込んできたのは青い屋根の大きな建物だった。…建物の入口や看板に、店主の趣味だろうか、個性溢れる品々が飾られている。一際目立っている建物、いや、店だ。


 しかもよく見ると、看板には『聖火街カルフスノウレストラン』と書かれている。そしてその文字の下に小さく『いつ潰れてもおかしくない店』と、書かれていた……。



「いつ潰れてもおかしくない店…」



 どのような経営状況なのだろう。客が来ない、赤字経営、評判が悪い……とかなのだろうか。


だが、少し見ていると観光客らが入っていっている。別に客の来ない店などではなさそうだ。



(とりあえず……入ってみようかな。この街の人がやっているお店だろうし、挨拶しないといけないし…)




エルザは、まずこのいつ潰れてもおかしくない店と書かれているレストランへ、挨拶行くことにした。


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