05 記憶と服

「すいまっせーん」


 そう言って宿屋の扉を開け入るラービスと、大人しくその後に続く女。

 宿屋の中へ入っていくと、中はしん、と静まり返っていた。


「あら?」


 ラービスがずかずかと、宿屋の中を歩き回る。


「ゼンさぁーん。イリスちゃぁーん。いたら返事しなさいよぉー」


 この宿の主らを呼んでいるのだろうか。ラービスはそう言いながら歩き回る。女もそのあとをついてまわるが、人の姿は見当たらない。というよりも、まず気配がない。

 ラービスは気づいているのだろうか。ここに、人の気配がないということに。


「おっかしいわねぇ。買い出しにでもでかけたのかしら……。でも、その割には宿泊客もいないみたいだし…」


「……」


 ロビー、二階、客室…と探し回るが、結局見つけられなかった。……誰一人と。


「仕方ないわ。洗濯所に多分服があるはずだから、そこに行きましょう?」


 ラービスにそう促されるまま、宿屋の洗濯所へと向かう。


 ガチャリ、とドアを開け洗濯所へ入ってきたラービスと女は、棚にぽつりと白と水色の美しい配色の服が置かれていることに気が付いた。

 その服はとても良質な素材で作られているのだろうか、見ただけでその服の質が分かった。


「綺麗な服ね……。もしかして、これが貴女の服かしら?ほら、ここに縫った跡があるし」


 そう言ってラービスは女にその服を見せる。……背中と片腕の部分が、目立たないように糸で縫ってあった。


「これが……私の…?」


 これが自分のなのかは、分からない。が、何処か惹かれるものがある。


「まぁ、これしかここに無いし試しに着てみましょうよ。自分のだったら、きっと似合うはずよ。もし違ったらヴォルゲンさんにどんなのか聞けばいいし」


 ラービスにそう言われて女はその服を手に取った。

 ……とても肌触りの良い良質な布が、触っていて気持ち良い。絹のように滑らかで美しく、目立たないように縫われた箇所は縫ってくれた人の温かさが伝わってきた。


「さぁさぁ、着てみなさい!私は貴女が着替え終わるまでこの部屋の外で待ってるから」


 そしてラービスは、「ちゃんと着てみるのよ!」と言い残し、洗濯所の外へと出ていった。


 一人洗濯所に残された女は、服をまじまじと眺めながら病衣を脱ぎ始める。これが自分のではなかったら、などという考えは持たずに、病衣を脱ぐ。


 女自身もこの服が自分のだと言う気がしてきたのだろうか。それとも、服が持ち主である女を呼んでいるのだろうか。


 どうであれ、女は病衣を脱ぎその服に袖を通していた。見た目複雑そうな服だが、女は迷わず着てゆく。女の体が、覚えているのだろう。頭に記憶が無くとも、手や足が簡単な事を覚えているという事もあるだろうから。


「……」


 着替え終わった女は、洗濯所の窓ガラスに映し出された自身を見る。紫色の頭髪と相まって、白と水色の配色の服が良く似合っていた。服のサイズも、女の身体にピッタリと合っており、可愛らしい顔立ちに、少しばかり大人っぽさが加わった感じになった。


「これが、自分の……服だとしたら…」


 複雑な着方の服。それはつまり、あまり見ない見た目の服…ということでもある。実際、かなり目立つ様な服だ。街中で誰か一発で当てられるほど、個性溢れた服。


 だが不思議と、女に良く似合う。ずっとその服で過ごし見られてきたかのように、すっかりと定着した。


 女がそんな自分の姿を眺めていると、コンコン、とドアの方から聞こえた。


「着替えたかしらー?」


 そうだ。ラービスがドアの向こうで待っているのだった。女はもう一度自身の姿を確認してから、ドアを開けた。


 ドアの向こうで待っていたラービスは洗濯所からでてきた女の格好を見て、両手で口を抑え驚きながら


「あら!あららっ!!これは……似合いすぎじゃない!?もうその服は貴女ので決まりねっ!」


 と言って、口から両手を離しグッ、と親指を立てた。



「いやぁ、これ程似合うなんてね!じゃあ早速氷刃龍様の所へ行きましょう!」




 そんなラービスに再び手を引かれ女は宿屋を出た。

 そして、すっかり日が高く登り賑やかになった街中を歩いてゆく。途中、観光客らにじろじろと見られたが、ラービスが鷹のように鋭い目付きで睨み威嚇していた。




 ラービスは女の服のことだと思っていたようだが、それは違い、実は女の整った可愛らしい顔を見ていただけだった……。




 そうして女はラービスに手を引かれ、街の主に会いに再びカルフスノウ大聖堂へと歩いて行った。


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