第34話 目標達成
この使い魔は相変わらず神出鬼没にして目の毒だと思う。
一体どこから跳んできたのか、そもそも跳躍なのか飛行なのか、その移動方法は今もわからないけれど、突如として現れたユンデは頭上から服をはためかせて落下し、その裾の短い服から乳がこぼれることもなく着地。
僕は少し残念だった。
『主人様最低です。目の毒とか言いつつ見てるんじゃないですか』
乳を揉もうとするナキに言われる筋合いはない。
ユンデの登場に、ネネカたちは身構え、華の蜜を採取しに来た守護官たちが立ち止まる。
そうとも知らずユンデは僕に気づくと、
「あ、ヒイロ君だ、ヒイロ君だ。やっぱりこの作戦に参加してたんだあ。また会えると思ってたんだあ。えへへ。妖精の華は枯れちゃったけど、ヒイロ君に会えたからいいかあ。……でも枯らしちゃったのもヒイロ君なんでしょ? ……そうだよね?」
「枯らしたのはあたしよ! こいつは竜源装を壊しただけ!」
ネネカがずいと僕の前に出る。僕を守ろうとしてるのかと一瞬だけ考えたけど、どうせこいつのことだから自分の手柄を使い魔にまで主張しているだけだろう。
「ヒイロ君この子追い払ってよぉ、怖い! きっと私のことまで討伐するんだあ。きっとそうなんだあ。ふええ」
竜源装を胸に抱いて後退るユンデ。
「そんなに怖がってるのに、よく守護官だらけのこの場所に降りて来られたな」
「えへへ、偉いでしょ。お仕事のために頑張ってるんだよ。ほめてほめて」
そう言って頭を突き出してくるユンデ。
違うそうじゃない。そういうことじゃない。
『撫でたい位置がもっと下ってことですか?』
一度身体の突起から離れろ!
「そうじゃなくて、なんでそれだけの危険を承知で降りてきたんだってことだよ」
「ううう……撫でてくれない。頑張ってるのに……」
ほんとに自分の話が終わらないと質問に答えてくれないなこいつ。自分ばっかりという意味においてではネネカと同じだけど、性格は対照的だった。
「偉い偉い」
「撫でて!」
口頭では許してくれないらしい。僕はネネカに睨まれつつ手を伸ばして、頭に手を置く。
ぼふぼふ。
「わーいわーい! 褒められた褒められた」
小躍りしている。
「で、なんでそれだけの危険を承知で降りてきたんだ?」
「それはね、えっとね、妖精の華から竜の鱗を回収しに来たの」
「え? 妖精の華が竜の鱗を持ってるのか?」
「この華はそうなんだよ。だって竜源装を作るために竜の鱗は必要でしょ? でも妖精の華はそれを作り出せないから、だから最初からたくさん持った状態でやってくるんだよ」
「じゃああの竜源装は奪ったものじゃなくて……」
「そう、体内で魔動歩兵と一緒に作り出したものだよ。だから、もしかしたら、ヒイロ君たちが使ってる竜源装とはちょっと素材の構成が違うかもしれないけど――」
「こらあああああああ! バカユンデ!」
と、船着き場で会ったときと同じようにアギトが空から降ってきて、ユンデの顔面を鷲づかみにする。同じ光景を何度見せるんだ。
「痛っ、痛たたたたたた! アギト君痛いよお!」
「んまた余計なことを、てめえ! 広報係かな!? お前は情報を公に広める係になったのかな!? お口を縫い付けてやろうか!」
「やめてよぉ! お話できなくなっちゃう! ヒイロ君とお話できなくなっちゃうぅぅ!」
「あ! ヒイロ!? 誰だそれ? ああ、お前か! 妖精の華を枯らしてご苦労なこったな! 第二目標だったから別に問題はねぇんだけどよ。本命は別のところにあるからよ。って何さらに情報話してんだこらああ!」
アギトはユンデの顔面をさらに強く掴んだ。
「理不尽! 理不尽だよぉ! アギト君が勝手に話したのに!! ひどいよぉ!」
叫ぶユンデを見ながら僕は考えていた。
第二目標?
僕が尋ねようとするより早く、アギトを睨みつけたネネカが口を開く。
「第一目標って何よ!」
アギトはユンデの顔を掴みながら怒髪衝天の頭をぐるりとネネカに向けて、
「んだお前、話に関係ない嬢ちゃんはすっこんでろ」
「関係ある! あたしだって守護官なんだからね! それにあたしは主役なのよ! 関係ない話なんてない」
アギトはじっとネネカを見て、それから僕に視線を移した。
「なんだこの痛い端役は。主役ってより、いっちゃん先に敵に突っ込んでってやられる役だろ」
「なあっ! あたしのこと端役って……端役って言った! 脇役ですらないじゃない。ちょっとヒイロ、あんたなんで言い返さないのよ。班長がひどいこと言われてるのよ!」
ネネカは僕の服の裾を引っ張って抗議したけれど、アギトのネネカへの評価は見てきたかのようにそのままだったので言い返せないし、むしろ全力で賛同したい。
あと、お前は班長じゃない。
「第一目標って何だ?」
僕はネネカを無視してアギトに尋ねた。
「ま、そのうちわかるだろうよ」
言って、アギトはユンデの顔から手を離すと、
「早く竜の鱗を取ってこないと大魔女に文句言われんぞ。こっから逃げる必要もあるんだからな」
「痛いよお。わかってるけど大丈夫だよお。ちゃんと足止めしてるから」
…………足止め?
今更ながら僕は気づいた。
九の字たちはどうしてまだたどり着かないんだ?
使い魔の出現だ。いくら戦闘で疲弊しているからと言って、すでに魔動歩兵が枯れてしまった現状、真っ先にやってきてもおかしくないはずなのに。
僕はチラリと背後を見やって、
絶句した。
僕たちの背後、社につづく道には巨大な氷の壁ができていた。
周りの建物より、妖精の華より、ずっと高い壁にはご丁寧にユンデの腹にあるのと同じような蛇の紋章が刻まれている。
「これ……これって……」
「すごいでしょ! 私が作ったんだよ! 紋章もこだわってつけたの! 綺麗でしょ! 見て見て!」
ユンデが得意げに言っているけれど、
え、いつ作った?
ネネカたちもまったく気づいていなかったようで振り向いたまま固まっている。
ユラとスナオが破壊しようと駆け出した。
氷の壁にユラたちの竜源装が刺さる。
が、
「消えない!? 竜の血で魔法は消えるはずだろ!? この道にだって竜の血が染みこんでるはずなのに! なんで消えない?」
「うんとねえ、それはねえ、どうしようかなあ……話しちゃおっか――」
「もったいぶってねえで早く話せボケ! それだって目標の一つなんだよ!」
アギトがまたユンデの顔を掴む。
目標。
第二目標は、妖精の華を咲かせ続けること。
第一目標は不明。
それ以外の目標。
「ひいいい。わかった、わかったよおお!」
アギトに離されたユンデは頬を撫でて痛そうにしていたけれど、顔をあげて涙目で僕を見ると、
「ううう、どうして竜の血に触れても魔法が消えないかを話すね。目標だから。守護官に伝えてね。あ、そこの怖い人は守護官だからこれで目標は……」
「早くしろ!」
とアギトに急かされて、ユンデはビクッと震える。
「わかったよぉ!」
言ってユンデは、
涙で潤む右目を手で隠した。
それに似た仕草をやっていた人を思い出す。
九の字。
あの時は手が逆で、左手で…………、
まさか!
ユンデはすぐに手を外して、僕たちに右目を見せた。
そこには、竜眼があった。
右目が竜眼、
左目が魔眼。
九の字は
それを使い魔が、
「ふう、やっと隠すのやめられたよ。この隠す魔法、大魔女様に教えてもらってから使うまで大変だったんだよ。私と大魔女以外絶対できないくらい大変なんだよ。あ、ヒイロ君また褒めてよ!」
「うるせえ黙ってろ!」
アギトが怒鳴る中、ネネカは驚愕している。
「嘘……嘘でしょ? 二つ同時なんてあり得ない。そんなのあり得ない!」
初めて見れば誰だってそう思うだろう。
僕だってそう思ったんだから。
「アギトも……アギトもそうなのか?」
僕が尋ねるとアギトは、ふん、と鼻を鳴らして、
「俺はちげえよ。二つの眼を持ってる奴なんてそうはいねえ。俺が知ってるのはこいつ以外にもう一人だけだ」
「それは……」
アギトはまた鼻を鳴らす。
「大魔女に決まってんだろ」
僕の頭の中で情報が氾濫する。
どうして二つの眼を持つ人間がいるのか、その起源は何なのか、何に関わっていてどんな秘密があるのか。その全てをここで聞きだしてしまいたい。
でも……。
『ネネカたちの手前、聞くことはできませんね』
ナキの言うとおり、絶対に不審がられる。
未だに避難せずヨヒラ島の外で待っているコハクに疑惑の目が向くのは避けたい。
ただでさえ、どうして避難しないのか不思議がられているようなのに。
ただ、ユンデは手がかりだ。
魔眼と竜眼。
そして大魔女の。
この擬似的な友達関係は、続けなければならない。
コハクについて安全がわかるまでは、必ず。
と僕が考えている中、ユンデは暢気に、
「ねえヒイロ君! 褒めて褒めて褒めて!」
「俺があとで頭叩いてやるから黙ってろ。つうか早く竜の鱗を回収してこい!」
「叩かないでよ!! 絶対やめてよ、アギト君!」
もう! とユンデは頬を膨らませて、枯れた妖精の華のところへ向かう。
「とにかくだ」
言ってアギトは言って僕たちに向き直った。
「守護官に伝えろ。端役のお嬢ちゃんの上に九の字がいるんだろ。周知しろ。守護官全体に伝わるように」
「また端役って言ったな!」
とネネカは憤慨している。
報告はもちろんしなければならない。
それでコハクと九の字がさらに危険にさらされることになっても。
もう、ネネカたちにも、すでに氷の壁のこちら側にいる素材を回収に来た守護官たちにも知られてしまっているから。
もう、その存在を隠すことはできないから。
魔女の中に使い魔の中に、竜の血ですら消去できない魔法を使える奴がいる。魔眼と竜眼どちらも持っている奴がいる。
なんてことをしてくれたんだユンデ、と思う。
手がかりを得るために関係を続けなくてはとも思う。
「とってきたよ、アギト君」
戻ってきたユンデの手には袋が握られている。
多分その中に竜の鱗が入っているのだろう。
「よし、じゃあとんずらするぞ。お前らちゃんと報告しろよ」
「待ちなさいよ、あんた! 第一目標がなんなのか教えなさいよ! 文句も言い足りないし!」
「だからすぐに解るって言ってんだろ端役!」
「あたしは主役!!」
「あーあー、黙れ黙れ。俺は忙しいんだよ。ユンデ行くぞ。アホの相手をいつまでもしてらんねえだろ」
言ってアギトは魔動歩兵の身体のようなツタのようなものでできた翼を広げて、空へと飛び立った。
「ヒイロ君。あの……」
ユンデは僕に言う。
「これで私のこと嫌いになっちゃった? 竜眼と魔眼なんておかしいって思う? 私のこと追い払おうって思う?」
「そんなわけないだろ。僕たちは友達だ」
そう、友達だ。
コハクのためなら、使い魔とだって友達になってやる。
「ほんと? ほんと? うふふ」
ユンデは満面の笑みを浮かべて、
「友達。友達。嬉しいなあ」
小躍りをしたあと、ユンデは手を僕たちの後方、氷の壁の方へと向けた。
瞬間、まるで竜源装で魔法が消えるように、氷の壁は収縮して、消えた。
「それじゃあ行くね、ヒイロ君。また会えるといいな。だから……死なないでね?」
彼女は言って、ととっ、と助走をつけると片足だけで遙か高く跳び上がり、そして、視界から消えた。
九の字たちが氷の壁があった場所から駆け寄ってきた時にはすでにすべてが終わった後だった。
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます