第17話 ぶち切れたネネカと手合わせをする。
ネネカはキョロキョロとあたりを見回して手合わせのできそうな場所を探しているけれどここら辺にそんな場所あるんだろうか。
ヨヒラ島はその名前から解るように四片すなわちアジサイが名前の由来になっていて、なぜかと言えば、島は中央から湧き出す竜の川が縁取るように、四つの区域に、花弁のように別れているからだった。
要するに上から見下ろせばヨヒラ島は四つの花弁を持つ花のように見える訳で、僕たちが今いるのは西と南の花弁の間あたり、住んでいる人口もそこそこ多い場所ではあった。
今は避難時に起きた火事のせいでだいぶ荒れてしまい、あたりは閑散としているけれど。
南の花弁は農地が広がっていて、ヨヒラ島どころか周辺の島々の食料を一挙に引き受けている重要な場所。
西の花弁は鍛冶場などの生産とその仕事帰りに酒を引っかける食事処で構成される賑やかな場所。
ネネカは左右に広がるそれぞれの花弁を見渡して、
「ま、移動するのも面倒だしここでいいか」
九の船が停泊しているまさにこの場所、西の花弁の船着き場を選んだ。
僕跳べないから、南の花弁までは遠くにある橋を渡らなければいけないからな。
「まったく不便よね。跳べないなんてさ」
あまりにもネネカが言うので、僕はヨヒラ島のぶよぶよ守護官を想起しつつ、
「守護官が全員跳べるわけじゃないだろ」
「跳べるわよ。当たり前でしょ。守護官の養成所じゃ、竜源装を発動して一番最初にやる試験なんだから。十歳の子供だってできるわ」
「でもこの島の守護官は……」
あいつらも跳べたんだろうか。
試験の時には跳べて今は跳べないとかだろうか。
「この島は特別。そもそも普通の守護官はさ、船で移動するのが日常でしょ? 船と陸、船と船の間を跳んで移動できなきゃ、生活に支障を来すわよ」
そりゃそうかと僕は納得して、
「そもそもそんな奴は船になんか乗れないってわけか」
「っていうかさ、あんた、養成所に通ってない野良守護官なんでしょ? 腕輪もつけてないし。島を転々として、弱きを助け強きをくじいてきたんじゃないの?」
僕はそんな物語の英雄みたいなことをしてきたわけじゃない。
「もしかしてそう思ったから僕に突っかかってきたのか」
「あったり前でしょ。主役みたいなことをするんだから主役みたいな生活をしてなきゃダメじゃない」
なんだその理屈は。
「じゃあなに、あんた、島を飛び回ってないなら、この平和ボケしたヨヒラ島でどうやってその戦闘技術身につけたわけ?」
「それは……」
ええと……なんて答えよう。
そうだ。
「師匠に教わって」
みんなには内緒にしていたけれど裏でひっそりこそこそ訓練していたということにすればナキの存在を隠して話すことができる。
これでいこう。
そう僕が考えた瞬間、ナキが喜色ばんだ声で、
『妾が師匠と言うわけですね。ではこれから妾の命令には従順に従って毎日毎晩取り憑かせてください、主人様』
上下関係がごちゃごちゃになっている。
弟子に取り憑くなんてどんな師匠だ。
まるで弟子に寄生して喰わせてもらっている師匠みたいじゃないか。
『喰わせてもらうわけではありません。妾は弟子に取り憑いて人の胸を揉む師匠です』
最低かよ。
一方、ネネカは師匠と言う言葉を聞くや、
「そういう展開ね、いくつかそういう主役の例を知ってるわ」
とかブツブツ言い始めた。
お前は一回、主役から離れろ。
「ふん! そういうことなら跳べないのも仕方ないのかもね! 島で生きる主役は、きっとこの島を守るために鍛えられた存在なのよ」
僕が主役のお話まで作り始めた。
「でもね! それでもあたしが主役なのよ! あんたの座なんてあたしが奪ってやるんだから」
島を守るために鍛えられた存在を追い出して自分がそこに座り、けれどもろくに討伐数を稼げず、任務から外される存在。
それがネネカらしい。
超迷惑じゃん。
「さあ! あたしと手合わせするのよ!」
この島の運命が決まる手合わせだった。
僕はこの侵略者から僕の島を守らなければならない、らしい。
『これじゃあネネカは主役どころか、敵ですね』
ナキが苦笑気味に言う。
自分で作ったお話のせいで自分が敵になってしまうネネカだった。
かわいそ。
そこで今までぼうっとしていたユラが口を開いて、
「…………気になってたんだけど、どうやって手合わせするの」
「どうやってって……普通に戦うに決まってるでしょ!」
「…………ネネカが弓で、ヒイロは刀。全然対等じゃないよ。遠距離から始めたらネネカがずるいし、近距離から始めたらヒイロが勝つ」
「そんなの…………どうしろっての?」
こいつ何も考えてなかったのか。
ナキが『ふむ』と呟いて、
『妾は遠距離からでも戦えます。と言うより、体力温存の観点から考えるとそこから始める方がいいかもしれません。そう提案してみてください。矢を全部弾いたらこっちの勝ちとかで良いんじゃないですか?』
僕たちの目的から考えれば確かにそのほうが良さそうだ。
「遠距離から始めていい。それで手合わせしよう。今担いでる矢を全部弾いたらこっちの勝ちで……」
僕がそう言った瞬間、ネネカがぎっと睨んで、
「
何でコイツこんなにすぐ頭に血が上るんだ。
髪を結ぶ真っ赤な布にまで血管が通ってるんじゃないかと思い始めてきた。
「いいわ。じゃああんたの言うとおり遠距離から始めてあげる。あとで後悔しても知らないからね!」
と、つり目をぎらぎらさせて僕を睨み、足をずんずん言わせて赤土を踏みしめながら立ち位置を決め、弓の準備を始めるネネカ。
厳つい弓を片手でいとも簡単に振れるのは、光り輝くそれが竜源装だからだろう。
僕もナキの本体を握り、準備をする。
ユラに言われて、刀身に布を巻く。
手合わせではあるけれど、事故は防ぎたいからな。
ネネカも矢の先端に何かを取り付けているようだった。
よし。
発動するか。
『うひゃあ、やっと取り憑ける、やっと取り憑ける! このときをどれほど待ち望んだかわかりません!』
言った直後、また竜源刀を握る手から冷たい感覚が上ってきて全身を包み込む。身体の主導権が僕から離れてナキの手に渡り、意識していないのに刀を揺らして、あいた左手がわきわきと動く。
『さて、おっぱいを揉みますか』
てめえ! 僕の身体を返せ!
『冗談に決まってるでしょう主人様。あのぺったんこな身体に触れても何も楽しくありません。だったら主人様の身体をなで回していた方が面白いです』
……それも止めてほしいんだけどさ。
ナキは僕の身体の調子を確かめるように足を踏みしめ刀を振り、首をこきこきならして深呼吸をする。
『もう少し筋肉量がほしいですね。竜源装の補助があっても元が弱ければその補助もわずかなものになってしまいます』
これでも鍛冶場で色々運んでたつもりなんだけどな。
『ええ、基礎的な部分はあるのですけど、それでももう少しほしいという話です。ま、できることの範囲でできるだけのことをやってみます。何せ妾はできる武器ですから。ただ昨日と同じだとすぐにバテてしまうので、主人様の協力も必要です』
解ってる。
それから、ネネカの竜源弓は壊さないようにしないとな。
『ええ、それはもちろん』
ナキが首を動かしてネネカの方を見る。彼女の準備も終わったみたいだ。
「ユラ。合図して」
そういう間にも、ネネカは僕から目をそらさない。刀呑な射殺すような目つきを向けたまま、弓に矢をつがえている。
「…………よおい」
ユラが手をあげ、
「はじめ」
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます