第26話 潜入と出会い

 ひたすら奥へと走る。本部の中へ入るのはまだ数度目だが、この通路の構造は未だによく分からない。あまりにも長すぎる。

 普段と違い明るい通路の中に見えたのは、いくつもの扉だった。いつも薄暗い上案内役がいたお陰で分からなかったが、実はいくつも部屋があるようだった。慎重に聞き耳を立てながら、抜き足で歩く。追っ手も待ち伏せもいないらしい。

 ……聞こえた。あの青い扉の向こうだ。そっと近付き、ノブを回す。施錠されていない。慎重に、開く。中の照明は点いていた。


「何者か!」


 怒号のような、声。初めて聞く声だ。壮年の男が、こちらを見ている。彼と向かい合う形で、杏介が立っていた。他に複数名、中年以上の人間が居る。その中に、千場樹アーデルも居た。そういえば、一号と離れている彼は初めて見る。


「田中くん! 来てもうたんか……!」


 ああ、つまり。やはり、罠だったのか。

 杏介とアーデル以外が、ざわめきだす。怒鳴り声を挙げた男は、ズカズカと歩み寄ってきた。


「一号はしくじったか。ボス!」


 アーデルはこちらを見ようともしない。もしかすると、位置を把握出来ていないのかもしれない。彼は重く深い溜息を吐き、口を開いた。


「林古姉弟以外、全員退出命令だ」


 一瞬で、ざわつく。杏介も目を見開いてアーデルを見ていた。怒号のような反論が向けられているのを無視するアーデルにしびれを切らしたのか、荒々しく他の人間達が出て行った。すれ違いざまに、全員が総吾郎をねめつけて。

 やがて、残ったのは総吾郎とアーデル、杏介と桃香のみとなった。総吾郎は、中へと踏み出す。


「杏介さん、これって……」


 杏介は唇を噛みしめながら、悔し気に下を向いた。そのまま、言葉を絞り出す。


「……架根に、暗殺命令が出た」


 何となく予想は出来ていた。しかし、脳髄に落雷を受けたかのような衝撃。やはり、止めきれなかったか。

 しかし、まだ続いた。


「最初に俺が抗議出したけど、一瞬で委員会に跳ねのけられた。で、その次に君の審議で」

「俺の?」

「……処刑命令が出たんや」


 意味が、分からなかった。頭が、真っ白になる。


「架根を止めきれず、みすみす『neo-J』に攫わせるっていう最悪の失敗をしたってな。可決されてすぐ、一号が動いた。でも、ここまで来れたってことは」

「……栄佑さんが」


 その一言で察したのか、杏介は口をつぐんだ。

 何故、そんなことに。いや、確かに内容はすべて事実だ。それでも、何故。


「安西栄佑になら、あいつは勝てんな」


 ぼそり、とアーデルは呟いた。全員が一斉に彼を見る。


「一号は確かに合成人間だ。しかし、本当の意味での最初の成功作なだけあってスペックは全体的に現在シリーズには劣る。『neo-J』研鑽の賜物である安西栄佑とぶつければ、結果は見えるな」

「ボス、まさかそこまで予期していたんです? まずそもそもここに安西栄佑も付いてくると?」

「そこまで含めての運、即ち一種の生命力だ。それに負けるようならそこまでだ、という割り切りだよ」


 アーデルと桃香の会話の意味が、いまいち汲み取れない。いやそもそも、先ほどの面子からして恐らく『卍』の重役達だ。そんな彼らに命令を下せる者など、恐らく一人しかいない。

 ……今目の前に居る、彼。


「まあ、総吾郎くんに関してはこれで命令を取り消してよかろう。ここからが本題だ」


 思わず、身構える。杏介も読めていないらしく、警戒心丸出しでアーデルを見ていた。


「アキラに対しての暗殺命令は既に動いている。何人かの職員を派遣し、最も効率的にあやつを殺害出来るか確認作業中だ」


 拳の力が、止まらない。握りしめ過ぎて、爪が皮膚を食い破り始めた。


「だが、私とてあやつとの付き合いは長い。もう十七年になるか。情が一切無い訳ではないのだよ」

「何が言いたいんですか」


 杏介の声は、あまりにも刺々しかった。アーデルの口元が、笑む。


「……なに。逆に言えば、今あやつは『neo-J』の中枢に潜り込んでいる。不本意ではあろうが、『neo-J』の内部情報も今頃それなりに得ているであろうな」


 それは、そうだろう。今彼女は恐らく光精と行動を共にしているだろうし、彼自身が『neo-J』において幹部のような立ち位置だ。


「その情報と引き換えに、生還。そういう手立てもあるな?」


 確かに、それが一番綺麗に事は収まるとは思う。しかし、どちらにせよそれならそれで『neo-J』は戦争を仕掛けてくるだろう。あれ程アキラに執着していた光精が、いくら総吾郎相手とはいえ簡単にアキラを返してくれるとは思えない。『neo-J』としても、アキラのオリジナル体としても。

 しかし、それでアキラが無事戻ってくるのなら。


「もちろん、アキラがあちらで洗脳を施されている可能性は大いに在り得る。まあそうであればそれはそれ」

「ボスは」


 総吾郎の口は、わずかに震えていた。それでも、これは聞かなければならない。


「ボスは、どうしたいんですか。アキラさんを」


 アーデルはわずかに笑む。


「勿論、元に戻したいさ。状況を」


 その意味は、汲みきれない。それでも。いや、彼の返事がどうあれ、する事は決まっていた。


「俺に行かせてください」







「さて」


 光精は管制盤を閉じ、アキラを見た。その目は、揺らいでいない。ああそもそも、自分達はそういう人間だ。


「アキラ、準備はいいか?」

「ええ」


 あらかじめ光精に渡されていた武器を確認する。体内の声を聴き、『種』の様子を探る。良好だ。光精は最後まで『種』の使用を案じていたが、今回の作戦には恐らく必要となる。

 通路に出て、周囲を探る。現在午前0時を回ったところだ。『neo-J』内部には、とくに見張りもいない。『門』さえ稼働していれば、それで万全だと組織全体が思っている証拠だ。大半の職員は内部分裂など想像もしていない。

 二人で目を凝らしながら進む。やがて、人影が二つ見えた。マトキとアレクセイだ。足音に気をつけて駆け寄る。


「首尾は」


 光精の小声に、マトキの耳が動く。以前見た兎の耳だ。


「探ってますけど、いつもとおんなじですね。とくに不意打ちで警備を配置されてる気配はナッシン」

「よし、ならここからは命懸けだ。気を抜くなよ」


 全員頷く。光精を先頭にして、歩き出した。

 裏口を出て、中庭を通る。とくに誰とも会う事無く進めている。やがて、一枚の巨大なマンホールが見えてきた。

 光精がハンドサインを送ると、アレクセイは携帯端末を取り出した。そこから一枚の画像を浮かび上がらせる。アレクセイの頷きを確認し、光精はマトキを見た。マトキはマンホールの淵に手をかけ、力を籠める。持ち上がった。


「……合成人間ってすごいのね」

「でっしょー」


 小声でやり取りする二人を後目に、持ち上がった隙間に光精が滑り込む。その後にアレクセイ、アキラが続いた。マンホールを閉めながら、マトキも降りてくる。

 着地した先は、下水道だった。全員、懐中電灯をつける。合成人間としての嗅覚のせいかマトキは辛そうだが、そんな彼女をアレクセイが支えている。光精は再び彼の端末に視線を落とし、周囲を見渡すと左方向を指さした。


「こっちだ」


 彼に続くようにして、歩く。構造上足音がかなり響いて辛いのか、マトキはずっと両手で耳を折り畳んでいる。


「大丈夫か、マトキ」

「大丈夫ー」


 アレクセイはずっとマトキを気にしている。もはや見ている分には依存状態だ。

 時折アレクセイの端末を確認しながら、歩みを進めていく。下水道自体はかなり入り組んでいるが、アレクセイが事前に観測部から入手した地図でなんとか迷わずに済んでいる。


「半獣化辛いなら解くか? 多分下水道中は安全だと思うし。恐らくヤバいのはここを出てからあの女の部屋までの道のりだ」

「いや、その時の為に馴染ませておいた方がいいんです。いきなりやっちゃうと後でゲロ吐いちゃう」

「そうだったの?」


 そんな折、だった。マトキの目が見開く。ぴこんっ、と勢いよく両耳が立った。そんなマトキを見、光精が眉根を寄せる。


「どうした」


 マトキは応えずに、耳をひたすら小刻みに動かす。そして。


「……足音が三人分。全員多分男。一人はペースからして老人」

「老人?」

「右の、壁の向こう。あの用水路です。どうします?」


 光精は一瞬考え込むと、すぐにマトキの背を叩いた。それを合図に、用水路へと駆けていく。用水路の水面が、波打つのが分かった。用水路から進んできているのか。


「っらぁ!!!」


 マトキの跳躍する際の盛大な掛け声、そして人を蹴る音。二つが飛沫音を跳ね上げた。光精を見ると、彼はげんなりとしたように「うるさすぎだ馬鹿」と呟いた。

 しかし、手ごたえはあったらしい。マトキは用水路に入り込んでいった。





 数十分前――。


「ふむ、やはりここに残してあったか」


 アーデルはひとつの井戸を懐かし気に触りながら、中を覗き込む。すぐに鼻をつまんだ。


「ここから、下水道につながっていてな。そのルートを使えば、『neo-J』総帥である市路ミラの部屋のある地区へ行ける」

「……地区扱いなんすか」

「警備だけでも数百人だ。真っ向から侵入はまず出来ん」


 杏介はげんなりした顔をアーデルに向けながら、井戸へと近付く。中へと垂れるロープを揺らしながら、強度を確かめた。どうやら問題は無さそうだ。

 総吾郎はアーデルを見る。ここに来るまでの事を、思い返した。

 確かに元々早く行動したいと言ったのは総吾郎自身だ。一人で行かせてくれるわけではないだろうから、そこに過去『neo-J』に潜入していた杏介も付いてくるところまでは想像がついた。しかしまさか、アーデルまで来るとは。

 重役達に見つからないように、と彼は隠し通路まで手配した。少なくとも一度は処刑命令まで下した人間にまでそんな秘密を開けるなど、一体何を考えているのかも分からない。

 ……何か目的があるのか。足にされているような気がしないでもないが、やるしかない。


「林古、地図は入れてあるな」

「大丈夫です、起動も出来てます」

「ふむ、なら良い。降りるか」


 アーデルにロープを掴ませる。盲目とは思えないような迷いの無さでロープを伝い、井戸へと降りていく。その後に、杏介が続いていく。彼の表情もまた、アーデルにどこか疑念を抱いているような表情だった。彼の姿が見えなくなってから、総吾郎もロープを掴んだ。

 割とすぐに、地に足がついた。三人とも無事なのを確認すると、杏介が端末から地図を浮かびあがらせた。


「うん、こっちですね」

「うむ、行くか」


 杏介が先頭を歩く。アーデルいわく、足音さえ聞けば他人の立ち位置が分かるのだという。

 ただ、問題はすぐに現れた。


「……通路途切れてんすけど」


 総吾郎もまた、地図を覗き込む。確かに、通路が途切れている。しかし壁や水路の位置は合っている。


「古い地図だからな。いくつか改装が施されているのかもしれん。さすがに水路を変えるのは難しかったか」

「え、まさかそれってつまり」

「林古、深さは」


 予想が当たったのか、げんなりとした顔で杏介が総吾郎に端末を預けた。そのまま、そろりと水路へ足を下す。両足を入れたあたりで、彼はこちらを向いた。


「俺の腰上くらいですね。そんなに深くない」

「なら、行くしかあるまい」


 杏介の表情が、再び堕ちた。しかし瞬時に諦めたのか、手を差し出す。その掌に端末を乗せると、彼はざぶざぶと音を立てて水路を進み始めた。総吾郎もまた先に水路に入り、手の平を差し出す。


「ボス、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 アーデルの体を導き、彼もまた水路へと身を落とす。そのまま二人手をつなぎ、水路を進んでいく。トンネルに入り、暗闇を端末の明かりのみが照らしていた。

 腰から下が重い。しかし、話を聞いている分だとまだまだ距離があるらしい。この程度ではまだバテられない。

 アキラは、恐らく市路ミラの傍に居る。光精が総帥である市路ミラの息子であるというのであれば、光精のクローン体であるアキラもまた娘であるはずだ。ならば、恐らく市路ミラの元へ行けば……というのは短絡的かとは思ったが、案外アーデルは賛成してくれた。付き合わされる立場である杏介もまた、反対しなかった。


「……止まれ、林古」


 アーデルの声で、杏介は静止する。彼は耳を澄ませているかのような素振りを見せ、辺りを見回した。


「人の気配だ、複数人」

「見張りとかですかね」

「……林古っ!」


 アーデルの声よりも先に届いた、風。


「ぐぁっふ!!」


 ばしゃばしゃばしゃ、と派手な音を掻き立てて杏介は水路の後方へと転がっていった。持っていた端末が宙を飛び、その光がそれとは別の、もうひとつの着水音の元を照らした。

 目が血走り、頭部に二本の……耳。それは、女性だった。それも、彼女だ。


「マトキさん!?」


 総吾郎の声に、彼女の体が脈打つ。彼女の手にあった懐中電灯が、総吾郎を照らした。同時に映る、彼女の姿。


「……総ちゃん? なんで!?」

「なんでって、それは……って、マトキさん、大丈夫だったんですか!?」

「だ、大丈夫というか今はピンピンしてるんだけども! え、じゃあもしかして今蹴ったのって」


 ざばぁ、と盛大な音。マトキはハッとしてそちらへと懐中電灯を向けたが、照らされたのは汚水を頭から被った杏介が立ちあがった姿だった。


「何してくれとんじゃクソアマーーーーー!!!」

「ぎゃーーーー前任者の人ぉーーーーーー!!!」

「と、とりあえず明るいところ行きましょう」


 ぎゃんぎゃん言い合う二人を引きずるようにして、総吾郎はマトキが来た方向へとトンネルを抜ける。明るくなった室内に目がちかちかとしたが、その中には。


「……なんで」


 ああ、久々の姿だ。『卍』の制服ではないが、それでも彼女はどこも変わっていなかった。どこか泣きそうになったが、堪える。


「アキラさん」


 彼女は泣きそうな顔をして、総吾郎を凝視していた。傍には、光精とアレクセイがいる。アレクセイは水路に降り、マトキの傍へと駆け寄った。


「まさか、彼らだったのか。マトキ」

「それどころか先生の前任者の人蹴っちゃった……」


 光精は穏やかに微笑みながら、総吾郎を見た。少なくとも、敵意は見えない。


「アキラを取り戻しに来たのかい」

「……すみません、その通りです」

「だろうね、君はそういう子だと俺は思っていたよ。しかしすまない、返せない」


 その答えは予想していた。だからこそ、告げようとする。しかし、その前に。


「……ほう、光精か。声変りしたんだろうな、一瞬分からなかった」


 アーデルの声。同時に現れる、その姿。不敵な笑み。彼を見た瞬間、光精の表情が消えた。その姿すら。


「兄さんっ!」


 アキラの叫びよりも、早く。彼は刀を抜いていた。しかしそれよりもすでに、アーデルもまた懐から短刀を抜いていた。恐らく護身のために隠し持っていたのだろう。防がれた刀を一旦引くも、すぐにまたアーデルに斬りかかる。それを何度も防ぎ、撃たれ、防ぎ、を二人は水路の中でひたすら彼らは繰り返す。ばちばちと火花が散り、飛沫が上がる。


「……ボス、あれ絶対見えてるやろ」


 杏介の声に、頷く。そうとしか思えない動きだ。光精の刀さばきは、目で追う事すらもできない。ただ、線があちこち舞っているかのような印象だ。もし自分が彼と手合わせしたら……そう考えるだけで、ゾッとする。やはり彼は敵に回してはならない、と思える。


「いえ、完全に盲目のはずよ。両目とも義眼だもの」

「そうなん?」


 アキラは手を差し出し、総吾郎はそれに応えた。彼女に引き上げられる形で、通路へと昇る。マトキとアレクセイは自力で上り、杏介を引き上げた。


「正直、来るとは思わなかった」


 ぼそり、とアキラは呟く。総吾郎は彼女の手を握ったまま、口を開いた。


「やっぱり、俺にとっては『卍』のアキラさんなんで。ワガママなんですけど」


 それを聞き、アキラは少しだけ顔を伏せた。「馬鹿な子」と呟き、握られた手にほんの少し力がこめられる。会わなかったのはほんの一週間程なはずなのに、どこか総吾郎も泣きそうになる。


「なになに? 総ちゃんその巨乳を連れ戻しにきたの?」


 マトキの声は、どこか弾んでいた。光精とアーデルは、未だに撃ち合いを繰り返している。


「いいなあ、熱烈じゃん」

「そ、そういうアレじゃ」

「分かってるよ、よくわかる」


 ちらり、とマトキの視線がアレクセイへ向く。彼はあえてそれを流した。


「しかしさ、もしかしてここ使ってるってことは総帥の部屋狙ってんの?」

「じゃあ、マトキさん達も」


 頷かれる。ならば、行先は同じということか。


「でもあれ止めないと進めないよねぇ、完全に予想外過ぎたわこれ」

「まあ、兄さんとボスが会えばこうなることは見えていたけど……そもそも、何故ボスまで来たの?」

「それはまあ、いまいちわからん」


 杏介はアレクセイに手渡されたタオルで顔を拭きながら、こちらへと向かってきた。その顔は汚水で少し茶色く染まっている。


「でもほんまにどうすんねんな。どっちか死なな終わらんちゃうんかあれ」

「いや、そろそろだろう」


 アレクセイの声に、全員の視線が二人へと集中する。彼らは未だに飛沫を上げあっていたが、光精の方が先に水路へと沈んだ。アキラが身を乗り出したが、総吾郎が彼女の腕を掴んで止めた。

 すぐに光精は立ち上がったが、息切れが激しい。いつもの涼しい笑みは消え、完全に敵意を強く込めアーデルを見ている。


「心眼、というのを知っているか」


 光精は応えず、口から汚水を吐き出して彼をにらんだ。それに怯む事なく、アーデルは続ける。


「この双眸では見えぬものが、今は見える。昔の私なら、とうに斬られて終わっていただろうな。良い、実に成長したな光精」

「戯言をっ!!」


 再び、斬りかかる。しかしアーデルは、それを短刀ひとつで……しのぎ切った。

 再び水面に打ち付けられ、光精は沈む。アキラは総吾郎を振り払うと、水路へと飛び降りた。そのまま、水に足を取られながらアーデルを追い越す。光精を抱き上げ、ずっと彼を呼んだ。そんな彼女を見、アーデルは薄く笑う。


「……まさか、生きている内にふたりが揃っている姿を見られるとはな」


 光精はアキラに何か耳打ちした。アキラは戸惑いながら、彼を立たせる。彼は未だ闘志の消えない目で、アーデルを見ているが、刀を持つ手はすでに震えていた。アキラが「上がりましょう、一旦」と二人に告げると、光精を支えながら通路へと向かった。アーデルもそれに続く。

 通路にいる人員が三人を引き上げる。アキラは甲斐甲斐しく光精の顔を拭いたりしながら、アーデルを見た。


「ボス、これは」

「私達の目的は、お前の奪還」


 それを聞き、光精がキッとアーデルを睨む。しかしアーデルは涼しい顔をして続けた。


「林古と総吾郎くんは気付いているだろうが、もう一つ私個人の目的がある。市路ミラとの謁見だ」


 意外な言葉に、全員が息をのむ。


「公的な場において、私達は会談はおろか挨拶も出来ん。何故ならば、そういった条約だからだ。お前達が生まれるずっとずっと昔からの取り決めであるがな」

「……アキラさんを取り返すっていうのは」


 総吾郎の震えた声に、アーデルは「それもある」と答えた。

 やはり、何かしらは考えていたのか。しかし内容があまりにも……言っては何だが、簡単過ぎる。それとも、これだけの危険を冒してでも彼女に会いたいのか。


「お前達の目的は?」


 アーデルの問いに、光精は顔を背けた。アキラはそんな彼の背を、優しく叩く。彼は一瞬迷う素振りを見せたが、なにも言わなかった。アキラの口が動く。


「市路ミラの暗殺よ」


 まさかだった。光精を見ると、彼は深くため息を吐いている。


「……動機やそのあとの目的は、言えない」


 そこに関しては、確かに気にはなったが黙殺した。今ここで聞けば話が確実にややこしくなる。

 アーデルはくつくつと笑うと、光精を見た。


「成程、叛逆とは。つまり目指す場所は同じか。よし、同行しよう」

「はあ!!?」


 光精の声が、木霊する。しかしアーデルは構わず続けた。


「光精、お前が私を憎み殺したいと思っているのも重々承知している。すべてが終わればこの首、預けよう」

「なっ!?」


 全員、目を剥く。とくに光精は、今まで見たことのないような顔をし……そして、鼻で笑った。


「信じられないな、一体何を考えてる」

「まあ、信じる信じないは結構だが。ここで鉢合わせた以上、同行せざるを得ないだろう。これだけの人数……それも、戦闘員は四人もいるか。地上に出て『neo-J』の精鋭につかまっても、何とかなるだろう」


 ここまで弁を立てられると、すべて彼の筋書き通りだったのかとすら思えて薄気味悪い。しかし反論は確かにしようがなかった。杏介を見ると、彼は頷く。彼にひと睨みされたマトキは冷や汗をたらたら流しながら何度も頷いた。彼女が同意したとなれば、恐らくアレクセイもだろう。アキラもまた、光精を見ていた。彼は唇を噛みしめながら一考したが、やがてアーデルを指さした。


「全員、俺の指揮に従う事。そして千場樹アーデル……お前は全部終わったら、必ず殺す」


 全員、頷いた。そして、立ち上がる。


「時間をかなりロスした。……急ぐぞ」




 ……重力の動き。星の満ち欠け。そして彼女の力。すべてが少しずつ溶け合う。

 ああ、もうすぐ。堕ちてくる。

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