第3話 「種」との出会い

 本部を出た三人は、食堂へと来ていた。もう時刻は六時を回っていて夕食時なためか、人が多い。広場程ではないが広々とした空間にしてはなかなかの人口密度だ。


「じゃあ、あのおじいさんが」

「そう、千葉樹アーデル。『卍』の総締め、いわゆるボスね」


 アキラは兎の形に切られた林檎をかじりながら言った。


「『卍』の歴史は案外古くないわ。今から約八十年前かしら、それくらいにボスが何人か寄せ集めて作ったの。それが何年もかけてコネや人脈を広げていった結果、今は二百人程を擁する大組織になった」

「……いくつなんすかあの人」


 さあ、とだけ言ってフォークを置いたアキラは大きく伸びをした。杏介もとっくに食事を終わらせており、温かい茶をすすっている。


「で、な。田中くん。ここからが大事な話なんやけど」


 杏介はどこか真剣な表情をし、湯のみをテーブルに置いた。


「『卍』に所属する正規の手続きはさっきある程度終わらしたし、まあこれからここで生活していくことに問題はないわ。ただ一つ、まだやってへんことあってな」


 ぴっ、と一つ指を立てて杏介は総吾郎を見据える。


「一応『卍』もボランティア組織ちゃうからやな、何かしら働いてもらうことになる」

「あ、はい。それは大丈夫です」


 元々、タダで暮らす気などなかった。あまりにもここは、色々不自由しない。ここに何も無しで住むということは、どこか気が引けた。


「でな、まだどの部に配属するかは決めてへんねんよ。そこら辺の決定権はボスから貰ったから俺の匙加減になるわけやねんけど、一つちょっと薦め程度に考えてほしいところがある」

「どこですか?」


 少し息を飲む。杏介は立ち上がると、「見てもろた方が早いから、来てくれ」と言ってアキラと総吾郎を立たせる。アキラはもう分かっているのか、どこか訝しげな顔をして杏介を見ていた。そのことに、少し不安になる。

 杏介に連れられ、広場を通って一つの扉の前へ来た。そこには、「作戦部一課」と看板がかかっている。


「作戦部?」

「おう。ちょっと気になることあってな」


 そう呟くと、杏介は扉を開けた。三人揃って、中へ入る。照明をつけると、小奇麗に整えられた私室のような空間が広がっていた。しかし、誰もいない。

 中央に置かれているソファを進められ、座る。アキラも隣に深く腰掛けると、どこか厳しい目を向けてきた。


「な、何ですか?」

「……何でも」


 やはり、掴めない。

 杏介は奥で何か棚の引き出しを漁っていたが、やがて一つの籠を持って傍へ来た。テーブルに籠を置くと、総吾郎に中身を見せてきた。まるで宝石のように色とりどりの、輝く物体が数十個入っている。


「何か適当に、好きなん選んで。一つな」

「はい」


 籠に手を入れ、直径二センチ程の青黒い物体を摘む。つやつやとしていて、肌触りがいい。


「それか……よし、ちょっとの間握っててくれる? 架根、時間計って」


 いつの間にか、杏介はカルテのようなものを持っていた。ぎゅっ、と少し力を込めて握る。隣にいるアキラは、腕時計をじっと見つめていた。


「……ん?」


 ひんやりと、握っている手の平が冷たい。それどころか、少しずつ全身に冷気が巡り始めた。しかし冷たいわけではなく、心地がよくなる感じの涼しさだ。それをゆっくりと感じていると、あることに気付いた。


「あれ?」

「なくなった?」


 アキラの指摘にはっとして、握っていた手の平を開く。血の気のなくなったように青くなった手の平の中に、先程の物体はなかった。


「あ、あれ? 落としたのかな」

「ちゃうちゃう、体内に取り込んだんや」

「えっ?」


 杏介はカルテに何かを書き込みながら、「時間は」と尋ねてきた。「八秒」とアキラが答えると、杏介は満足そうに何度か頷く。


「やっぱりな。相性いいんや」

「な、何がですか」

「まあ待ち。一から説明する前にちょっと見せてもらおか」


 そう言って、杏介は流し台へと向かった。傍に置いてあったグラスに水を流し込むと、テーブルへと置く。


「その中に指突っ込んで」


 訳が分からないながらも、右手の人差し指を水の中へとつける。すると、突然鋭い冷気が走った。


「!」


 驚いて指を引き抜くと、水の表面が指に纏わり付いてきた。否、水ではない。


「こ、氷?」

「すご、予想以上や」


 カルテに書き込むスピードが速い。興奮しているのだろうか。


「うん、決めた。田中くん作戦部入れよ!」

「ちょ、ちょっと! これ何なんですか!?」


 ああ、と思い出したように杏介は手を止める。カルテをテーブルに置くと、アキラの反対側に総吾郎を挟むようにして座った。


「あのな、これ『種』って呼んでるんやけど。ああ、ここにあるのは全部お試しようの軽いやつな」


 そう言って、籠を軽く持ち上げる。沢山の「種」が、ざらざらと音を立てて転がった。色とりどりで、まるで宝石を散らばせたかのようにきらきらと輝いている。大きさは米粒程のものからその5倍程のものまでと、様々だ。


「『卍』の研究部が開発したんやけど、元はこれ鉱石やねん。そこに、自然エネルギーやら科学元素やら何ちゃらを組み込んでな。そしたら鉱石の特性とか色々合わさって何かよう分からん反応が起こって、体内に取り込めることが発覚したんや」

「は、はあ」


 話が超次元過ぎて、うまくついていけない。しかし、どうやら杏介にもそれが分かっているらしく説明が大雑把だ。


「で、取り込んだ『種』は体内で融化して鉱石と組まれた成分やエネルギーを人体になじませることでうまいことその特性を使えるように出来る」

「つ、つまり?」

「炎を組み込まれた種なら炎を生み出せるようになったり、雷の種なら静電気改善やその逆、氷の種なら今みたいな感じになるってことや。どや、魔法みたいな話やろ。これが俺達の作り上げた、『新日本』の新しい力や」


 改めて、手の平を見る。先程あったあの物体は、今体内にあるということなのだろうか。何度も握ったり開いたりしていると、それが面白かったのか杏介はくつくつと笑った。


「まあ、副作用がまったく無いわけちゃうけどな。少なくとも、普通の人間やったら死ぬわ。拒否反応えげつないらしいし」

「えっ!?」

「悪いな、実は治療中ちょっとイジらせてもらってんよ。相性以前に耐え切られへんかったら元も子も無いしやな。相性と耐性はまた別の話やし。大丈夫、拒否反応を無効化する以外下手なことはしてへん」

「そもそも治療は専属医がやったのよ。林古くんはむしろそれしかやってないわ」


 少しホッとして、そして気付く。手のひらを見ても、先ほどの『種』の痕跡は一切なかった。まるで存在自体がなかったかのように。


「これって、出せないんですか?」

「あー、出るというか勝手に消えるよ。別に効果が永久なわけちゃうから。大体一日も経てば終わる。ここにあるやつはさっきも言った通りお試しやから、せいぜい一時間もつかって程度やし」

「なるほど……」

「でも、田中くんは相性いいわ。さっき計ったのは完全吸収までのスピードな。あれ、田中くんはかなり早い方やねんよ。架根なんか倍くらいかかるしな。それが平均」


 むすっとした表情で、アキラは「そうね」と呟いた。少しハラハラしたが、どうやらそれだけらしい。


「まあ、ガチモノになったらもっとかかるやろうけどな。種の種類にもよるし。で、さっきの水凍らしたやつも……あれは『種』の効果をいかに活かせるかってやつやねんけど、あれもなかなかや。お試し版であれだけ出来たら大したもんやで」

「あ、ありがとうございます」

「作戦部は、そういう『種』を使って外で直接任務する部署やねん。耐性のこととかあるから、人手不足でやな。いやー、思わぬところでの収穫やわ」


 楽しそうにカルテを眺める杏介と対照的に、アキラはずっとむっつりとしている。それに気付いた杏介は首を傾げた。


「何や架根、不満そうやないかい。新入りの有能っぷり見せられて拗ねとんのか?」

「それもあるけど」


 あるのかよ、と内心思ったが黙っておく。アキラは総吾郎をじっと見つめ、唇をへの字に曲げた。


「この子、どう見てもただの一般人でしょう。作戦部で使えるまで、結構かかるんじゃない? それなのにいきなり配属だなんて危険よ」


 ぶっきらぼうな言い方だが、どこか気遣いが感じられた。それが分かったのか、杏介も穏やかに笑う。


「さすがに初っ端からヤバいのには出さんって。まあ最初は、お前が教育係やったりや。そんでビシバシしごいたったらいいんや」


 アキラは少し考える素振りを見せ、やがて「そうね」と呟いた。そして、再び総吾郎を見る。白い手を差し出され、面食らうも彼女は相変わらずの無表情だった。


「これからよろしく、田中くん」

「……は、はいっ! よろしくお願いします!」


 「種」の効能のせいか、握ったアキラの手の平はまるで熱がこもっているかのように熱かった。

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