11-1 冗談だろ

* セン


 イバンと言う街がある。

 アーベントはやたら砂漠が多いが、そこも例に漏れず、砂に囲まれた街だ。

 だがそれなりに繁栄している。詳しいことは知らんが、交通の中継地点だからだろう。

 その街の北西方向のちょっとした外れに、砂に埋もれた巨大な廃墟がある。一体いつ作られたのかもわからないようなドでかい建物で、それなりに研究の価値があるかもしれないと言われているらしい。

 私から見れば四角い形にちょっと飾りがついたくらいの建物だが、それは真っ二つに割れていて、間に独特の陰気くさい空間を生み出している。

 そしてその陰気くさい狭間には、裏世界の市場が苔みたいに繁茂している。

 それが狭間街ギエン。

 だがそれほど暗いと言うわけでもない。何せ周りが砂漠。ギンギラギンだ。まだ太陽の出ている今は少し涼しい程度の空間で、明かりがなくとも問題なく文字が読めるくらいの明るさはある。太陽が沈めば陰気くさい空間にこれまた陰気くさい明かりが灯り、廃墟が多少の寒さ凌ぎになる。

 と、言うのが私の記憶しているギエンの情報であって、世話になったのは十年以上前のことだが……


「変わんねえな、ここは」


 私は防塵布を口に押さえつけながら呟き、ドラゴンの首を砂に引きずってまた歩き出した。

 入口もないのに排他的な雰囲気を醸し出す狭間。途中でいくつもの鋭い目に睨まれたが、それは私がデカいドラゴンの首を引きずっているからというだけではなく、見ない顔だからだ。

 基本的に闇市しかない街だし横の繋がりが強いわけだが、大して治安が悪いわけじゃない。

 それはとある爺さんのせいだ。私は全ての目線に睨み返しながら、真っ直ぐに狭間の最奥に向かった。


 おそらく爺さんの部下が二人、行く手を塞いでいたが、私が目の前に立つとすんなり道を開けた。優秀な奴ほど虚勢を張らないもんだ。


「よおゲイル爺さん」


 爺さんの居場所も何ら変わっていない。ちょっとしたトタン屋根の小屋に高級革ソファとテーブルという異様な光景だ。


「おおレアか! 久しぶりだな。待ってたぞ」


 そう言って立ち上がり、私の背中をバシバシ叩くジジイは随分老けが進んだようだ。ヨボヨボと言っていい見た目だが、声の威勢だけは健在だ。

 それにしても、レア、か。久々に聞いた。


「……あのな、その名前はやめてくれ。面倒な事になる」


 今の私がセンと言う名前であることを、この男が知らないはずはない。

 ゲイル爺さんは肩をすくめて「そうか」と言った。そしてすぐに笑顔になって喋り出す。


「で、そいつが例の手土産か!」

「ああそうだよ。最近現れた唯一個体の頭だ。依頼名はグラヴィティドラゴン」


 流石にテーブルに置くわけにもいかないので、角を握っていた手をぐいと差し出して離した。

 ドサリと重い音がした。

 ゲイル爺さんはそれをまじまじと眺めて唸る。


「上出来だ。今回の代金でも釣りが出るだろうな」

「いい。口止め料だ」黙認されているこの街に口止めも何もないが。

「はっはっは! なら仕方ねえな」

「声でけえよ」


 この国で行われる魔物の死骸の密売をほとんど担っているこの街だ。一体いくらになるんだか。

 さっきの部下二人が、唖然とした目で私を見ていた。自分たちのボスであるゲイル爺さんと、ここまで近い感覚で話しているのが珍しいようだ。


「それで、約束の調査だけどな。面白いことがわかった」


 爺さんが胡散臭い笑みを浮かべて言った。

 連絡の際に、ここ数年でギエンの取引内容に大きな変化はないか調べるように依頼していた。普段から魔物について無数の取引を重ねているこの爺さんなら、何かわかるかもしれないと踏んだからだ。


「まず前提としてだが、ここ最近の取引ではフェオストに出た魔物の死骸が多くなってる。これはフェオストに強力な魔物がやたら多く出てるからだ」


 強力な魔物ほど持ってるエネルギーが多い。エネルギーが多い死骸は高く売れる。裏の世界では常識だ。

 だが強力な魔物はアーベントの方が昔からずっと多かった。それがフェオストになっただけでも十分に”面白い”ことだが……

 爺さんは続ける。


「で、全世界のギルドにあった依頼受注記録を調べたらな」

 とんでもねえなこのジジイ。

 一体どんな手を使ったのかは聞かないでおくことにした。

「そしたら、ここ数年でよ、依頼された討伐数一つあたりの、市場に回る死骸の数が激減してたんだよ」

「ん? 依頼ひとつあたりの死骸の数……」普通に考えたら、依頼された頭数一つに対する死体はひとつだ。「おい、それってつまり——」


「死体が消えてるってことか」「死体が消えてるってことだ」


 重なる声。頭が混乱してきて、額に手を触れた。


「もちろん誤差はあるぞ。全ての死体が市場に回るとは限らねえからな。だが、それじゃあ説明できない減り方だ」そんなことは言われなくてもわかってる。「ああ言い忘れてたが、死体が減ってんのはフェオストに出た依頼だけだ」

「はあ? なんだそりゃ……」


 それじゃあまるで、フェオストに死体が消える何か・・があるみたいじゃねえか。

 嘘みたいな話だ。だがこの爺さんは取引相手に決して嘘はつかない。


「碧選軍が魔物を処理してる可能性は?」


 私は縋る思いで可能性を提示する。

 市場に回る可能性があるのは、民間が処理した魔物だけだ。碧選軍の討伐数が相対的に上がっていれば、説明はつく。


「まあなくはないが、激減だぞ。完全に右肩下がりだ。その分の魔物を、今の碧選軍が対処できんのか」

「……」無理だ。ガキでもわかる。

「そうだろ」


 久々に嫌な汗がにじむのを感じた。ゆっくりと息を吐く。

 昨日の三番都市で起きた事件といい、フェオストで今何が起こってる……?


「なあおめえ、死体が消えてるこの状況……」


 爺さんの笑みが胡散臭さを増し、それは完全に”仕事の顔”になった。

 ゲイルは私に耳打ちをして続ける。


「思い出さねえか。十二年前、消えたノルグランデの死体をよ」

「……冗談だろ」


 逃避のような否定。私はジジイと全く同じことを思っていた。

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