1-3 夢かあ

 人を助けることに憧れ、そのための力を欲した私は、覚醒能力を無性に欲しがった。親が不明だったから、覚醒者の家系である可能性は十分にあったけど、どんなに待っても覚醒の日は来なかった。九割の覚醒者が、五歳になるまでに覚醒を迎える。

 私が諦めたのは八歳のときだった。諦めたというより、切り替えたと言った方がいいかもしれない。

 覚醒能力が無いならばその分努力して、無いなりに人の役に立てばいいと思った。それは私にとって妥協じゃない。

 だから特務部隊への転属が決まった時は驚いたけど、これから全国を飛び回ってたくさんの人の助けになれると思うと、やっぱり心は弾んだ。

 でも今は焦っている。なぜなら予定の時刻が近いから。


「だいいち……えんしゅうじょう……あった」


 訓練棟の一階。「第一演習場」と書かれた重厚な扉がある。周囲には誰もいない。

 先ほど隊員寮に入った時、係の人から手渡された紙に時間と場所が記されていた。

 あと、大体こんな風なことも書いてあった。


 新しい分隊が編成されるにあたり、他の隊員も含めて昇格試験を行います。この試験の内容次第で新しく分隊のメンバーが決定され、階級も変化します。頑張ってください。


 という感じだ。

 添付されていた表を見るに、同年代くらいの隊員六人で総当たりの模擬戦を行うらしい。テストみたいなものがあるは想定していたけど、総当たり戦は流石に予想外だった。

 演習場の大きな扉は、入りたいなら入れと言わんばかりにあらかじめ少し空いていたけど、その前に細身の男性隊員が一人立っていた。

 近づいてみると、彼は「ユリア・シュバリアス二等兵だね?」と言った。どうやら上官のようなのですぐに敬礼して返事をした。すると彼は「じゃ、入って」と言って道を開けた。ちょっと適当な感じの、気の抜けた声だった。

 私は彼に一礼して、大きく息を吸って中に入った。


「うわあ……」


 少なくとも一辺六十から八十メートルくらいはあるであろう、四角い大きな空間だった。多分、国内のどの道場にも引けを取らない広さだ。

 壁や床は灰色一色で、メモリのような線が縦横に張り巡らされている。地面を爪先でつついてみると、硬いが若干の弾力が感じられた。

 感触と光の照り具合からして、多分床と壁は、スライム種の死骸を高圧縮して作る合成素材。つまり、私たちが着ている戦闘用インナー(「安い、軽い、強い」が揃った、衝撃を吸収するインナー。碧選軍の標準装備)と同じ素材だろう。


「くく、ようやく来たようだね」


 奥から声が聞こえた。何もない空間なのに気がつかなかった。不思議だ。

 彼は華麗に微笑みながら、邪魔そうな前髪を手で払う。多分、対戦相手だ。


「よろしくお願いしますっ!」


 階級は遠くてわからなかったけど、どちらにせよ対戦相手なので敬礼しておいた。

 しかし彼が礼を返す様子はない。遠目でもわかる上から目線で、何も言わずに私を見ている。

 ガチャン、という音が重く響いた。後ろを向くと、閉まった扉の前で、先ほどの上官が腕を後ろに組んで立っている。

 もう始めるのかな。と思うと、場内に声が響き渡った。


『準備はできたようだな。ではルールを説明する』


 あの上官の声ではなく、もっと年の功を感じる渋い声だった。どこかの壁や天井に、小さなスピーカーかもしくは音を出す魔述機構が組み込まれているのだろう。モニターできる別室とかもあるみたいだ。


『まずお前たちにはアーマータイプの防御魔術がかけられる。一定のダメージでアーマーが破壊される仕組みだ。先に相手のアーマーを壊した方が勝者となる』


 その言葉と同時に、私と対戦相手の体が淡く光りだす。その光はおさまっていくと同時に収縮し、やがて全身を覆う青い半透明の膜が形成された。

 かなりの練度が要る魔術なはずだ。いったい誰がかけたのだろう。


『勝負が決した瞬間、もしくは問題が発生した場合、出口で待機している上官が止めに入る』


 ああなるほど、特に禁止事項とかはないけど、向こうの判断次第ってことか。”考えてね”というわけだ。


『以上だ。そちらのタイミングで初めてくれ。両者に健闘を祈る』


 そこで声は途絶えた。そちらのタイミングって言われてもなあ。

 対戦相手の方を見ると、嫌みたらしく笑いながらいまだに私を見下している。見たところ武器は直剣で、体型も標準的。覚醒能力に頼って戦う、一番普通の戦闘スタイルだろう。


「知っているよ。君は最近噂になっている無覚醒だろう?」


 お、しゃべった。


「はい、そうです」


 答えると、フッ、というあからさまな嘲笑が聞こえた。

 彼は握っていた右手を差し出し、上に向けて開いた。その手には三つの鉄球が乗っている。


「ああ、哀れだ……。夢を抱いているんだね」


 その手が淡い光に包まれる。浪洩ろうえい現象。覚醒能力が発動し、その燃料たる外理エネルギーが消費された時に発せられる光。私には許されなかった光だ。

 鉄球が彼の手に呼応するように光を纏ったかと思うと、ぐにゃりと歪んで液状になり、空中に浮遊する。それは引き伸ばされ、研ぎ澄まされ、三つの球が三枚の刃となった。

 ’司鉄の異能’といったところか。刃はそれぞれ、私に狙いをつけたようにこちらを向き、空中で停止している。


「叶わぬ夢は……、一思いに砕いてあげなきゃねェ!」


 彼の手のひらが、勢いをつけてこちらに向けられる。刃が私をめがけて、真っ直ぐに飛んでくる。

 夢かー。と私は思った。

 私は人を助けたいという夢を抱いているのか、はたまた、夢を見ているのか。考えたことはなかった。でも、なんとなくどちらも違う気がする。夢という言葉は意味が多すぎて難しいな。まあ、なんでもいっか。

 私は飛んでくる刃に向かって駆け出した。



 バリッという音を立てて、相手のアーマーが砕け散った。飛んでいった彼の体は地面を転がっていき、壁に当たる少し前で停止した。

 倒れてうずくまっているが、殴っただけだし、インナーの効果でダメージはないはず。それにしてもアーマーってすごいなあ。もっと吹っ飛ぶかと思っていた。

 彼はしばらく何もしなかったし、何も言わなかった。ずっとうずくまって固まっていた。

 出入り口の前にいた上官がやってきて、少し楽しそうな顔で「休憩室があるから、次の出番までそこで待機してて」と言った。他の対戦の観戦とかはできないらしい。真っさらな状態で戦わせるためだろうか。

 私は元気よく敬礼し、駆け足でその場を後にした。初日の移動疲れが災いしたのか、少し眠くなってきた。

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