なんだか犬も強くなってて

 庭にあった目ぼしいものは四つ。

 畑、井戸、ボイラー、そして倉庫だ。


 まずは畑。雑草が生えているものの背も低くしげりもまばら。たぶん父さんが定期的に手入れしていたんだと思う。使えはするはずだが、植えるものがないためひとまず保留。


 それから井戸。畑のために掘られたものだろうか。ポンプ式で——動かしてみると、一応は透明な水が出てきた。


 家の裏手には湯沸かし用のボイラーがあった。薪をべるタイプのもので、これでお風呂に入れるし煮沸もできるかもと喜びかけたものの、どうもそもそもの稼働に電気が必要らしくがっかり。


「ままならないなあ」

「くぅん」


 心配げにこちらを見上げてくるショコラを撫でつつ、弱気になるなと思い直す。少なくとも缶詰や飲料水はあるのだ。調べられるところをすべて調べて、どれだけのことができるかを確かめて、生きていくための算段を整えなければ。


「まあ、倉庫にいいものがあると信じよう」


 家の横、畑の奥に建てられたプレハブの前に立つ。


 出入り口はサッシの引き戸で、窓部分は梨地なしじのいわゆる型板かたいたガラス。戸の下側にファスナーロックが付けられていて開くことができず、もちろん鍵もない。


 家の二階にあった部屋と同様の『開かずの間』となっていたが——、


「こっちはさすがに、どうにかして開けたいな」


 戸をがたがたと揺らしてみるが、揺れるだけ。ドアレールの上で開閉を阻んでいるファスナーロックも、見てくれは弱っちそうだが、さすがに鍵だけあって簡単には壊せそうにない。


 しゃがみ込んで観察しつつ、ガラス窓を割るしかないかもと頭を悩ませていると、


「わん! くぅん……」

「ん、どうした?」


 ショコラがしきりに、僕のアウターの裾をくわえて引っ張ってくる。


「どけって言ってるのか?」

「わう」


 首を傾げて立ち上がり、一歩下がる。

 すると入れ替わるように、ショコラが僕の前に割り込んできた。


 くんくんとにおいを嗅ぐ動作で、鼻面をファスナーロックへ近付ける。

 そのまま口をわずかに開けると、噛みつき、軽く首を振って。


 


 こともなげに——まるで小枝でも折るように。

 ショコラが、ファスナーロックを破壊した。


「え……?」


 力任せに折りとったみたいな哀れな金属片となったロックを、ショコラはぺいっと吐き捨てる。そして僕を見上げて得意げに「わん!」と吠えた。


「え、ええええええ!?」


 僕は仰天し、ショコラの頭を両手でがっしとつかむ。


「ちょっと、いや、これ……てか、歯とか大丈夫なのか!?」


 唇をうにーとやって確かめるが、綺麗な牙は白くてつやつや、健康そのもの。よかったと安堵する反面、さすがにどうなってんだよという疑念が湧いてくる。


 さっきのドラゴンにしてもそうだ。あんな一撃で太い首をするなんて、まあなにをどう好意的に解釈しても普通の犬では不可能である。そして今度は金属のファスナーロックを引きちぎった。


「ショコラ……お前になにが起きてるんだろうな」


 ほっぺたをぐにぐにしながら問う。返ってくるのは、はっはっはっという息遣いと、ふりふり揺れる尻尾。耳はぴんと立って上機嫌で、少なくとも外見に変化はない。


「異世界転移でチートに目覚めたのかな……だったら僕も目覚めてないかな」


 立ち上がって背後、庭へと向かって手を突き出し、唱えてみる。


「ファイアボール!」


 しかし なにも おこらなかった


「だよねー」


 まあ僕のことはともかく、ショコラに関してはポジティブに考えよう。たとえ僕が先に死んでしまっても、これだけの強さならひとりでも生きていくことができるかもしれない。兎とか狩って——兎がいるのかはわからないけど。


「……倉庫、見るか」


 少し憂鬱なことを考えてしまった。

 気を取り直して、ショコラが鍵を開けて壊してくれたサッシ戸を引く。


 中は埃っぽく、薄暗い。家の中と違ってあまり手入れはされていなかったようだ。目を凝らす。壁には棚、それから床に置かれているのは袋みたいなものやなにかの機械っぽいもの、奥の方に、棒状のものがまとめてつっこまれている籠。


「スマホのライトは……やめとくか」


 モバイルバッテリーを持ってきていたからあと三回くらいは満充電できるが、温存しておくに越したことはない。


 暗がりに目が慣れるのを待って、まずは棚から確認した。


 目についたのは輪ゴムで束ねて留められた四角形の封筒。

 袋に印刷された写真はトマト、人参、大根、南瓜かぼちゃなど、色とりどりの野菜たち。

 つまり中身は——種だ。


「おお……ありがとう父さん、またしても神!」


 これは嬉しい、まじで嬉しい。

 畑で栽培ができれば継続的な食糧を得られる。しかもどれも食い出があって栄養価の高いものばかり。


 缶詰と水があったとはいえ、あれらは食べてしまえばそれまでだ。長期的な展望が見えたことで想像していた以上に心が軽くなる。


 種の他に棚に収納されていたのは、如雨露じょうろや鎌、剪定せんてい鋏など小さめの農具たち。あとゴム長靴や軍手、麦わら帽子——助かるー。


 続いて、床に置かれていたものを確認する。これらも僕らにとってめちゃくちゃ有用なものばかりだった。


 袋入りで積まれた有機石灰や肥料——畑の土壌造りに使えそうだ。

 プラ製のはちと支柱——畑に種をじかきせずに済む。

 アウトドアコンロ——しかも煙突つきの、薪ストーブにもなる本格的なやつ。これがあるとないのとでは、料理の手間が段違いだ。

 そして一番ありがたかったのは、ガソリン発電機(燃料入りのポリタンクを添えて)!——もちろんガソリンが尽きてしまえばそれまでとはいえ、少なくとも最悪の場合は電気を作ることができるという安心感はでかい。


「それにしても……なんでこんなに本格的に揃えてたんだろうな」

「わう」


 ショコラを撫でまわしながら、父さんのことに想いを馳せる。


 いずれ僕らを連れて泊まりに来る予定だった?

 ただし電力会社とは契約していていない。だから不便がないよう、電気なしでも過ごせるようにしていた——そう考えるのがもっともらしくはある。だが、僕はこの歳になるまで一度も、ここへ来たこともなければ父さんに誘われたこともない。


 それに、畑を整備するための諸々や、植えるための野菜の種。更には家の中に大量に備蓄してある水と食糧——。


 まるで、だ。


「わかんねー」


 溜息をつきつつ、資材の確認——最後に残ったひとつに目を向けた。

 奥の隅に置かれた籠だ。棒状のものが何本も、立てかけるようにして突っ込まれている。


「農具かな」


 肥料袋をまたぎつつ近寄っていく。案の定だ。くわすき、レーキ、シャベルとひと通り揃っている。正直、畑仕事なんてしたことないから正しい使い方がいまいちわからないが——まあ、なんとかはなるだろう。


 などと考えながら一本一本を手に取って眺めていたら。


「ん……?」


 農具に混じってつっこまれていたに、僕は眉をひそめた。


 掴んで、引っ張り出す。

 全長は100センチほどだろうか。


 鍬や鋤などとは明らかに違う形状。棒というよりも板と形容した方がいい、平たい金属の——地味ながらも綺麗な装飾が施された、

 その鞘に納まった中身に繋がっているであろう、


 柄を握り、引き抜く。

 さして抵抗なくすらっと抜けたは、左右対称の諸刃。

 薄闇の中で鈍く光る黒めきに、模造品などではないことが伝わってくる。


 ——なんでこんなものが、こんなところに。


 それは明らかに農具とは違う。

 紛れもない、


 幅広で頑丈そうな、ロングソードだった。

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