第38話 一騎打ち

 アルディナと共に王の間へ戻ると、勇者たちはアンドラスを倒したあとだった。

 しかしジミマイが追加で送りつけたグレーターデーモンに取り囲まれ、それ以上は先に進めずにいる。


「さすがは北の魔王だ。兵の使い方が上手い」


「お褒めにあずかり光栄でございます。王国兵の損失は1000にも届く勢いです」


「だいぶ減ったな」


「ダガコチラノ兵力モ、徐々ニ少ナクナッテキタゾ」


「頃合いか。次の盤面に移る時が来たようだ」


 俺は楽しんでいた。

 どうせならすべての演出を見尽くしてから物語を終えたい。

 最後までやり切ることが出来ないくせに、完璧に仕上げたいのが自分なのである。


「出でよラウム!」


 指輪を掲げると、たちまちからすの姿をした悪魔が現れた。


「カァー。お呼びでしょうか、ご主人さま」


「王国軍に、ここらで引くよう促せ」


「相手は勇者に率いられ、いまだ高い士気を保っています。納得するでしょうカ?」


「余がエゼルレオンに手合わせを申し込むと伝えろ」


 するとアルディナが声を大にして叫んだ。


「なんですって! 無茶です、おやめください!」


「余を誰だと思っておる。魔界を統べる大魔王であるぞ」


 実装分だけだけど。


「で、でも……」


「くどい、余が決めたのだ」


 俺は普段、ネトゲで誰かと職を分担するのなら、間違いなく後衛を選ぶ。

 だがこのゲームでは指輪ひとつで召喚を実現しているため、戦闘力をほかの能力に割り当てた。それが魔剣と魔法による二重の攻撃である。

 悪魔らしいイメージを尊重して、回復能力は一部の再生能力に頼り、残りをすべて火力に振り切った。

 ゆえにどんなに高耐久の敵にも通用する俺Tueee!!を味わうことが可能となった。


 だが自分は決して、他を圧倒するのを好む最強厨ではない。

 最低限の戦力で死闘を繰り広げる、いぶし銀の制限プレイが好きなのだ。


「この装備は勇者ひとり相手にはやりすぎだな。少し減らしてから行くとしよう」


「なにを考えているんですか! 早くクリアして次にいきましょうよ」


「勘違いをするな、負けるつもりなど微塵みじんもない。余はただ、完璧な戦いではなく、完璧な物語を望んでいるのだ。わかってくれるな」


「……そうですね。それがテンマさまらしいです」


「ではラウム、すぐに行ってまいれ」


「御意」


 和平を司る悪魔がハルファスに飛ばされると、俺は寝室に戻った。

 不安そうな表情を浮かべるアルディナをよそに、防具のいくつかを解除していく。


「どうして手加減なんてするんです? 危ないじゃないですか」


「魔王の相手はほんらい勇者のパーティだ。タイマンならば決して舐めプではない」


「でも……」


「わかったわかった。いちおう保険だけは持っていくとしよう」


「保険?」


「なあに、ハーゲンティに教わって作った大量の薬品がしこたま残っているからな」


 その名は、グリフォンの翼をもつ牡牛の姿をした、錬金術に関わる魔人である。

 俺はアイテムストックを99にするまでやり切るタイプではないが、図鑑のようなコンプリート欲をそそるものには弱いのだ。


「まったくもう。くれぐれも油断はなさらないでください」



 かくして舞台は整った。

 勇者一行の女魔術師を除き、本人と王国軍は提案をすんなり受け入れたのだ。

 こちらが敗れた場合、時空の衝突により発生した領土問題を譲歩せよ、というのがあちらの主張であった。

 舞台は城門の前に広がる平原が選ばれた。

 犬・鷲獅子しゅうしし・人間の頭部をもつ魔神ブネの権能──死体移動により、相手のたおれた兵士はすべて敵陣営に送り返され、戦場にはおぞましい光景が広がっていた。


 勝負は三本勝負……なんて生易しいものではない。敗者には死あるのみ。

 見守る者たちは自然に距離を取り、興奮を隠しきれない様子で騒ぎ合う。

 誰に聞かれることもない状況で、俺たちはほんのいっとき語り合った。


「よくぞ申し出を受け入れたな、エゼルレオン」


「貴様こそどうしてこんな真似を。こちらの敗色は濃厚だった」


「お前と戦ってみたくなった、ただそれだけのことよ。しかしわからんな。汝が命を賭して、我が魔王城に挑むその理由が」


「王国の姫がとびきり美人だからだ。結婚を認めてもらうにはそれしかない」


「なるほど、じつにお前らしい。だがそれだけなのか?」


「それだけとは」


「王位が欲しいのではないかとね」


「ハハッ、俺がそんなものに興味があるとでも?」


「見えないな、余には」


「ならばこんな問答は不要だ。さあ、早く戦いを始めようではないか!」


 魔剣と聖剣、互いに切っ先を突きつける。

 雌雄を決する時が来た。


 どうでもいいけどこの言葉、ヒラムシとかプラナリアのなんちゃらフェンシングを連想してしまうな。ごめん忘れてくれ。


「ゆくぞ、エゼルレオン!」


「応、テンマ!」


 戦いが始まった。


「覚悟! 我が聖剣グラシル・アンジーのつゆとなれ!」


 しまった、出遅れた。俺は魔剣に名前をつけていなかった!

 こんな状況で考えねばならんのか!


「遅いっ!」


 最初の剣戟けんげきを辛うじて防ぐ。

 ああ、いつだって俺は、同時に無関係な何かを考えている。

 集中すれば早いのに、そこに至るまでの時間がとてつもなく長い。


「大魔王がこんなものか! この勝負もらった!」


 左右に大きく振りかぶり、それでいて無駄のない素早い動き。

 だがすまない。俺は君のパラメータを完璧に把握している。

 自らの全ステータスを、すべて勇者のものにプラス1しているのだ。


「その調子だレオン!」

「いいぞ、やっちまえー!」

「大魔王さまが押されている!?」


「またなにか考え事ですか、テンマさま!」


 ギャラリーが大声で騒ぎだてる中、かすかな響きを耳が拾う。

 さすがにアルディナはお見通しのようだ。少なからず同じ時間を過ごしたのだから当然か。


「くっ!」


「ボサっとするな!」


 肩のあたりに鋭い痛みが走り、視界の片隅に血が飛び散っていくのが見えた。

 まずい、早く考えないと本当にやられてしまう。後回しにして目の前に集中しようにも、それでは負けたことになりかねない。

 勝負は客観的に決まるものではない。己が決めるのだ!


「本当にこの程度なのかテンマァ! 召喚になど頼っているからだ!」


「このまま押し切れレオン!」

「首をねろ!」

「大魔王を討ち取れ!」


 あちらの声援が勢いを増す。もはや悪魔たちの声は聞こえてこない。

 所詮は人間か。そんな心の声が聴こえてくる気がした。

 一歩一歩と追い詰められるごとに、人だかりは波となって押し寄せ、こちらの勢力は後退していく。

 防戦一方。

 俺は致命傷を避ける行動をとるのみで、観客に落胆の声が広がっていく。


「失望したぞ……! このまま消えて無くなれ!」


 勇者は俺を突き飛ばして距離を取ると、聖剣を縦に構える。


「あの構え!」

「ついに出るぞ!」


 エゼルレオンの周囲にまばゆい光がきらめき始める。

 く……目が……。これはまずい。俺はこの世界でも光に負けるのか。


「《セイクリッド──》」

「早くテンマさまあああ!」


「《──ホーリー──》

「なにしてるんですかー!」


「《──ブレスト──》

「あれ、まだ続くんですか?」


 ぜんぶ『聖』じゃん、似たような名前をつなげるな! お前は小学生か!


「今のうちに早くううう!」

「《──パーフェクト──》


 なにい、それは俺が使おうと!


「《──ディヴァイン──》」

「ああ、光が集まって……」


 ええい、もう駄目だ。なにも思いつかん! とっておきを出してやる!

 主人公に持たせるつもりだったが止むを得ん、俺が貰う!

 血をすする魔剣よ。汝、その名は──


「ダムナカンサス! 突き刺され、《スピーナ・ディスパルガ》!!」


「《──サクロサンクト・ブレード》!」


 魔剣から闇のとげが大量に放出され、大きく湾曲して敵のもとへと向かう。

 聖剣から光の刃が解き放たれ、一直線にわがもとへ突き進む。


「ぐぅっ!」


「ぎゃあああああ!!」


 最強の魔剣でもってしても、勇者による超ウルトラスーパーハイパー攻撃を完璧に防ぎきるのは困難だった。強化された己の体にまばゆい光が深々と食い込む。

 だが、致命傷で済んだ。


 俺が最も好むスタイル──それは無限機関。体力が1でも残れば、傷も魔力も時間とともに回復していくのだ。

 一方の勇者は、こちらが放ったすべての暗黒攻撃をまともに喰らい、絶叫を上げて

立ったまま力尽き、前のめりに倒れた。

 場を完全な静寂が包み込む。


「悪いな、俺はへそ曲がりなんだ」


 聴衆の歓声が最高潮に達する。

 大きな音には弱いのに、不思議と耳障りじゃなかった。

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