第21話 下準備

 最強のプレイヤーである『アマテラス』は、手を掲げて声高に叫んだ。


「おいでませ、アルフィン! アロキャメルス!」


 アルフィン──それは狼の頭、獅子の体、わしの前脚をもつ紋章学の獣である。


 アロキャメルス──こちらは驢馬ろばの頭、駱駝らくだの体をもち、やや地味な姿。


「ヘラルディック・ビースト! 終わり際に実装された集金モンスター!」


「ふははは! 最強! 無敵! 蹂躙じゅうりんせよ! わらわに敗北の二文字はない!」


「うわぁ、すごく強そうです……」


「なにこれ、初めて見た」


「そうじゃろう。終わるゲームに課金する物好きなんて、そうおらぬのじゃ」


「愛がなければ?」


「む……そういうことにしておいてやろう」


 よくよく考えれば、ここまでやり込んでいる者が、サービスの終わりを喜ぶはずもない。だから未練がましく、ひっそりと遊びに来ていたのか。


 たくさんのキャラクターが次々と登場するゲームにおいて、プレイヤーはふたつの選択肢を強いられる。

 すなわち、乗り換えて常に最強を目指すか、弱くともこだわりを続けるか。

 アマテラスは前者、自分は後者であると言っていいだろう。

 常にトップであり続けようとする者は、しばしば最強厨さいきょうちゅうなどと揶揄やゆされる。

 俺は、とあるMMORPGでトップにまで登り詰めたチームに所属していたのだが、そういう戦いには疲れていたのだ。


「アルフィンは文字通り最強の魔物じゃ。物理、魔法、回復、なんでもござれ」


「ほうほう。原典はマイナーだけど、いいフォルムだ」


「アロキャメルスは土属性で、打に特化しておるのじゃ」


「出た、不遇属性の組み合わせ! そういえば最後のほうで、それらが弱点のボスが実装されて、強化できるか否かが、強者と弱者の分かれ目だった」


「マスターは、打の魔物一体も持ってなかった」


「地味だからな。当時は女性の姿をした魔物しか興味なかったのだ」


「うん、聞かなくてもわかります」


「現実逃避」


「かわいそうにのう」


「うっ……グスッ」


 可愛い絵柄に惹かれて始めたのだから当然である。

 のちに想像の幅を広げるために変わっていくのだが、そういう時期であった。


「保険を除いて攻撃に特化するぞえ。おぬしは回復と補助でサポートするのじゃ」


「了解です」


 強い人の前ではお行儀よく。これネトゲの基本だから。

 たとえ弱くとも、ステータスに依存しない補助魔法や、強化難易度の低い回復魔法なら、パーティに貢献ができる。どのゲームにもわりと共通することだろう。

 この慣習が姫ちゃんという魔物を生みだし、支援職にプライドをもつ者を傷つけるのであるが、それはまた別のお話。


「どうやってスキルをセットすればいいんでしょう」


「体に触れて念じるのじゃ」


mjdマジで!?」


「ええ、そんな!」


「そ、それじゃあ遠慮なく……」


「冗談じゃ」


「ですよねー」


「とてもいやらしい顔をしてた」


「そういうノリの作品だったんだよ!」


 ほかのネトゲは誰かと遊んでいたから、ソロでいるのはちょっと寂しかったな。

 時間を合わせる必要がないという点では、とても気楽なのだが。


「それでは街へゆくぞ。最後の戦いじゃ」


「まだ状況が飲みこめていないけど、頑張ります」


「魔王と石油王、どちらが強いかが決まるね」


「言い方!」


 俺たちは女神と二体の魔物に付いて森を引き返し、燃え盛る街へと戻ってきた。

 ここは冒険の始まりの地であり、終わりの地となるのだ。

 懐かしさと悲しさの感情が入り交じり、炎は胸を焦がす。


「準備はできたか? この扉を開けたら、もう後戻りはできんぞ」


「こちらは大丈夫です」


「ひえ~、どうして私はまた、初見で強い相手と戦うのでしょうか……」


「君の名前は?」


「初見宮って、それ前にやったから!」


「おぬしらはとにかく生き残れ。攻撃はわらわに任せるのじゃ。では──」


 アマテラスは途端に動かなくなる。

 こちらが首をかしげていると、また急に喋り出した。


「1炎全体 2召喚 3敵バフ 4通常 5通常……」


「敵の行動パターン表! なつい」


 このゲームには、そのようなものをチャットに張りつける文化があったのだ。

 敵の挙動は基本的に固定であり、特定のHPを下回った場合、俗に発狂と呼ばれる攻撃的なモードへと変化し、それを把握しておく必要があった。

 下々の者でも使えるようにツールを善意で公開する人もいたのだが、じきに各人が表計算ソフトを用いることとなり、勉強にもなったのは良い思い出である。


「6、7ターンは状態異常がきついから、おぬしらは退避するのじゃ」


「わかりました」


「え、戦闘中に逃げちゃうんですか?」


「なあに、鉄砲の三弾撃ちのようなものだと思えばよい。逃げるのは恥ではないぞ。全滅するのが何よりも負担なのじゃ」


「マスターはいつも逃げてる」


「やかましい!」


 超絶廃神最強厨石油王アマテラスは、扉に手を掛けると振り返って言った。


「それでは参るぞ」

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