第15話 眠る魔王城

 やや乱暴に、俺は玉座の上へと落とされた。

 そしてすぐに、アルディナが膝の上へと降ってくる。


「あん!」

「ごふ!」


「ああ、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」


「べつにたいしたことない。女神め、横着して座標を同じにしたな」


「ふふ、ひょっとしたらわざとかもしれませんね」


「なんのために? おや──」


 謁見の間を見わたすと、近衛兵二体と小悪魔のほかに、見慣れぬ人影が二つある。

 またあの世話役の老人──アガレスにドヤされないよう意識を切り替えて、大魔王としてのスイッチが入った。


「何事だ」


「ああ、陛下、お待ちしておりました。人間からの使いが来ております」


 案内役の歩哨ほしょうと思われる悪魔の傍らに、ロバの耳が付いたフードをかぶる小柄な人間の男がいた。


「……道化師か」


 ふと中世では伝令に道化師を使ったという話を思い出す。

 敵方に殺されてもいい下僕として、使い勝手がよかったのだという。

 かつては神に触れられた特殊な者たちが選ばれ、王の前でも正直が許される独自の地位を築いたとされるが、時代が時代である。目に映る人物は、奇抜な服装を除いてなにか特徴があるようには思えなかった。


「へへ、さようにございます。ようやくお楽しみが終わりましたか」


 うやうやしくかしずいて、ニヤついた顔を上げる。

 アルディナは慌てて膝から飛び降りた。


「貴様!」


「無礼であるぞ」


 二体のグレーターデーモンが矛槍を道化師の首元に向ける。

 彼らが持つこの得物──スコーピオンは、現状では特殊な武器を除いて最強の武器である。高度な熟練度を必要とし、費用コストもばか高い。

 近衛兵は名前こそAとBだが、そばへ置くに値する特別扱いをしてきたのだ。


「これはこれは失礼いたしました。どうかお許しください。大魔王さまは人の出身とうかがって、恐れ多くも親近感をいだいておりました」


「まあよい。とっとと用件を話せ」


「われわれ王国軍から申し上げるのはただ一つにございます。早急に勇者どのの解放を要求する。さもなくば既定の取り決めを破り、ただちに侵略を開始するとのこと」


「のこのこと単独でやってきて、未成年飲酒で取っ捕まったあやつを釈放せよと」


「さようにございます」


「元より余の望みは、かの者との決着だ。奴の酔いが醒め次第すぐに解放してやる。万全の戦力で挑んでくるがよい。ところで既定の取り決めとはなんだ?」


「ヘルプをお読みになられますか?」


「急にシステムボイスになるのやめろ!」


 要するに、王国軍側の戦略思考のことであり、城下町の民間人は攻撃しないというものであった。魔族の諸侯などはむしろ積極的に領民に手を出してくるので、だいぶ手を焼いたものである。

 イレギュラーが発生したことで更なるトラブルが起きるところだった。


「して、こちら側は不意打ちを好まぬゆえ、侵攻は明くる朝八時に──」


 するとそれを聞いた兵士たちが、俺が言葉を返す前に口々に言った。


「え、それは困ります!」

「八時に攻めてくるなんて卑怯極まりない」

「そろそろ閉城の時間ですよ、ブラック城砦じゃないんだから」

「オネムノ時間ダ」


「悲しきすれ違い!」


「悪魔さんたちは昼夜逆転してるんですね」


「不夜城ならぬ安眠城とは……」


 なんということだ。この魔王城、ホワイトすぎる。

 俺が遊んでいたときには二十四時間体制だったはずだが。


「はて、お主ら昼間も居たではないか」


「いえいえ、じつは八時間ごとに交代しているのです。ほかならぬ大魔王さまが改善してくださったではないですか」


「そ、そうであった」


 まさか名前をつけていなかったから気づかなかったのか。始めたころに適当な設定をしてそのままだったから、完全に失念していた。

 下級悪魔たちは種族ごとに一つのグラフィックしか用意されていないので、どれもぜんぶ同じに見えていたのだ。

 普段の戦闘で使用していた上位魔神たちはアバターとして喚び出すことが可能で、本体の状況に関わらず動き回れるから、また事情が違うのだろう。


「ということはサキュバスも?」


「いえ、彼女らは兵士ではございません。陛下がお休みになられるときに、ご一緒にお休みになられるはず……むろん健全な意味で、でございます」


「不健全な意味だと休む間がなくて、相当なブラックですぅ……」


「や、やめぬかハレンチな!」


「ハッ、申し訳ございませぬ」


 と、そこであることに気づいた。


「では、お互い何時ならよいのだ?」


「魔王軍の本隊は、午後の六時ごろには準備可能かと……」

「王国軍としましては、遅くとも午後の六時には帰──」


 俺はぎろりと道化師をにらんだ。


「ヒエッ! 午後の八時ぐらいまで頑張ってみます!」


「すまんな。ところで、今は何時だ?」


「ハッ、そろそろ午前六時を迎えようとしています。我らはそこで交代です」


「ということは、お主たちに再会できるのは十六時間後の午後十時、と」


「いやあ、じつに残念でございます」

「我らも大魔王さまとご一緒しとうございました」


「良かったって顔してるが!」


 表情筋が微動だにしないシュールな絵面だった彼らも、実際に会うと思考が読めてしまうものだ。


「くう……。それでは本日の午後六時に決戦としよう。よいな、絶対に遅れるなよ、寝落ちするなよ?」

「スルナヨ!」


「ははぁ。そう報告させていただきます」


「こちらの兵にも通達しておけ。余はこれから勇者と会ってくる」


「ハッ、かしこまりました」


 はぁ、時間をつぶして待っていたのに、今から十二時間後とは。

 これでは、MMORPGでメンバーと時間合わせをするかのようだ。

 無限に時間があると思っていた以前はそれでも楽しかったが、今となっては苦痛がともなう。気の良いヤツってのは、たいていルーズな一面も併せもっているからな。

 俺は人に合わせるのは得意なほうだ。だからこそ、完全に人に合わせようと自らを追い詰めて、最後にはつぶれてしまうことがままあった。

 やはりゲームはシングルプレイに限るな……。


 歩哨に連れられて道化師が去っていくと、俺はふと思いたち、屈強な二体の近衛兵と小さな伝令兵に声をかけた。


「おい、そこのアラゴ、ベリロ」


「へ、陛下?」

「そのお言葉は?」


「うむ、お前たちの名前だ」


『ははー! ありがたき幸せ』


「これからもよろしく頼む」


「ハッ! この賜ったスコーピオンに誓って!」

「命を懸ける所存であります!」


「そしてそこのチビ。お前は今からミークだ」


「ミーク? ミーク!」


「あはは、なんだかとても嬉しそうです」


 なんとなく嫌な予感がしていた。

 地下室のインキュバスに先ほどの道化師。完璧と思われていたデータに、バグにも似たノイズが混じっているような疑念が湧きおこる。

 大魔王といっても、元はただの人間。

 偶然にして手に入れたソロモンの指輪で、悪魔たちを従えているに過ぎない。

 こういう直感は信じた方がいい。俺は少し警戒を強めることにした。

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