第2章 創造の旅路

第10話 『プライマル・イマジネーション・タクティクス』

 大きな正方形を積み上げた不思議な光景が広がっている。

 ここが第三の世界──『プライマル・イマジネーション・タクティクス』。

 発売から四半世紀が経過した今もなお高い支持を得ているレトロゲームである。

 もっとも、当時ハマっていた者たちからすれば古いという感覚はないであろうが。

 自分が熱中してきたゲームの例にたがわず、難易度はそれなりにある。

 高低差の概念が戦略をにぎり、高所から放たれて威力補正を受けた致命的な矢には気をつけなければならない。


 シビアなゲーム性もさることながら、俺が最も感銘を受けたのはその自由度だ。

 主人公の名前を変更できるゲームはそれまでもやってきたが、開発から固定の名を頂いていない一般兵にも自ら名前をつけられるものは初めてプレイした。

 この手の要素ははるか昔からあったのであろうが、自分にとっての初体験はやはり格別であり、記憶にも残りやすい。


 俺には『完璧主義者』として映るカリスマプロデューサーが関わった作品であり、今でも続編を望む声がときおり見られる。もちろん自分も熱望し続けているのだが、残念ながら期待は薄いようだ。


 シリーズ自体は、プロデューサーを交代して何作か続編が出たものの、初代の出来にはとうてい敵わなかった。

 それらは新たにややこしい要素が追加された一方で、最初にあった細かな気配り、たとえばキャラクター登録番号の変更、取捨選択に悩まなくて済むアイテム枠の確保はおろか、極めて重要な要素である一般兵の命名までもが無くなっていたのである。

 容量の問題があったにしても、作を追うごとに面白みが欠けていくとは、シリーズが終了するのも仕方ない。


 ……長く語り過ぎた。

 自身も信者を自称するファンのひとりであったから、ついな。

 ともかく言いたかったのはただひとつ。

 この作品は、誰もが認める『傑作マスターピース』だったってことだけだ。


「あの~、なにをひたっていらっしゃるんですか?」


「おっと、君もすでに一緒か。なんだその格好は。いかにも癒し手って感じだな」


「私のことはいいんです。それより、ほかの皆さんがお待ちですよ」


「え?」


 気づけば、取り囲むようにして、どことなく見覚えのある者たちが居た。


「いったい何年ぶりだい? テンマくん」


 その言葉をかけてきた青年は、ほっそりとしていて、それでいてキメの細かい豪華なローブに身を包んでいる。その手には、いかにも魔力を秘めていそうな錫杖が。


「それは召喚師の姿……、わかった、君はアトラか!」


「誰だいそれは。僕はレイミアだよ」


「なんだって? そうか、あのころはまだ設定が定まってなくて、適当に思いついた名前をつけてたんだっけ。でも、尊敬する先生の作品に出てきたものだと気づいて、やめたんだ……」


 懐かしさに胸がじわりと熱くなる。わが創作の出発点となったキャラクターと再会する日が来ようとは。

 このころはまだ召喚師の概念を好きになり始めたばかりで、まだまだそのイメージはぼやけていた。

 当作では主人公のステータスが前衛寄りで、後衛であるこの魔術師を極められないという思いから、己の分身から生まれた別人の彼に託したのである。


「うーん? なにを言ってるんだい、君は」


 レイミアを名乗った青年は首をかしげる。一方の俺は、彼の左右にいるほかの者たちにも目をやった。白甲冑に身をまとうがっちりとした体型の男性と、軽装で胸当てをつけた細身の女性。


「そしてそっちの面々は……申し訳ない、覚えてないや」


「なんだと! 最後の目標をほったらかして消えた奴が、いまさらのこのこと──」


 いかにも騎士といった風情の男が、声を荒げる。細身の青年はそれをなだめた。


「まあまあ、せっかく戻ってきてくれたんだから、まずは再会を喜ぼうよ」


「ふむ。名前は変わっても、穏やかな性格であることは同じだな。さすが元となっただけのことはある。いわばオリジナル、か……」


「うん? まあいいか。君はなにを考えているか測れないところがあるからね」


「誉め言葉と受け取っておこう」


 すると、弓を持つ女性が、ミヤが演じる癒し手のフードを強引にめくった。


「わっ、なにをされるんですか」


「あんた誰よ? いったいいつ入れ替わったの?」


「うぅ、もうバレてる」


「貴様、何者だ? アルをどこへやった!」


「テンマくん。これはいったいどういうことだい?」


 弓使いはミヤを羽交い絞めにし、騎士とレイミアは俺に疑いの眼差しを向ける。

 アル、とはこのゲームで回復役をさせていた女性キャラクターのことだ。

 ストーリーとは無関係な一般兵を仲間にできるシステムを利用し、俺はそういったモブキャラたちで、創作のイメージを膨らませていたのだ。

 ちなみにアルは、宿敵とのあいだで奪い合った末に、主人公を庇って死んでしまうという悲劇的なヒロインをイメージしていたが、結局その物語は没になった。


「話せば長くなるが、話している暇はない。一時的に入れ替わっているだけで、アルが消えたわけではないはず。俺たちはやり残したことをやりにきたんだ」


「はずって何よ。あんたが一番大切にしてた仲間でしょ!」


「すまない。どうか俺のことを信じてほしい。時間がないんだ」


 リーダーが不在のあいだ、パーティをまとめてきたと思われる召喚師は、仲間たちをなだめるように手で制止してから、落ち着いた表情で言った。


「どうやら込み入った事情があるようだ。君のことを信じよう」


「ありがとう──」


「私は認めないわよ」

「俺もだ」


「だいたいなによ。あんた、いつからこういう大きな女が好きになったの?」


「ナンノハナシデスカ?」


「しらばっくれるな! こいつ、こうしてやる!」


「きゃあああ! どこ触ってるんですかあ!」


 俺を含む三人の男たちは、すかさず『おい!』と言った。


「ふんっ、なによ。文句でもあるの?」


 三人の声がハモる。


『いや、続けて』


「こらあああ!」


 俺と騎士は握手を交わし、わだかまりは解けた。

 弓使いは、大きな瞳をした娘の、柔らかい二の腕を触り続けた。

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