第29話 愛玩用自動人形

 とろけるようだと思う。違う種だとしても私たちが共有しているこの体験が次第に互いを引き寄せあい、抱きしめた。


「すまん、これ以上は。腹も減ったなレストランに行こうか」


 ニールが身を引くのが名残惜しい。種という隔たりがあっても本能的に彼を求めている。おそらく彼も。ここが屋上ではなく寝室なら、種族の一線は軽々と越えられそうだ。夏時間のように身体は火照り、夕日は消えても顔は赤いはずだ。


「食事に行こう、アナスタシア」

「ええ」


 促されて立ち上がったとき鞄が落ちて中身が温室の床に散らばった。夜目がきく彼が拾い集めている気配がする。突然彼の手にある紙片から明るく点る。愛玩用自動人形の広告が画像が流れ出した。


「愛玩自動人形の広告?……興味があるのか?」

「違うわ。通りすがりのご婦人から布教されたの。欲しいなんて思わないから」

 

 ニールは黙っていた。広告の明るさで目が慣れず彼の表情が読めない。

 愛玩用自動人形の文化的背景は大人の欲望を満たすための道具であるのは間違いないが。


「愛玩用は持ち主の嗜好を反映する。治療院の融通が聞かないタイプとは違うから、食わず嫌いせず、取り寄せるかい?」


 人形は食べられないし…… 治療最優先の自動人形は苦手だ。


「私は貴方がいれば十分よ?」

「……なら、広告は捨ててくれないか? 愛玩用自動人形は苦手だ……それと俺をあんまり煽らないでくれ」

「え? 煽ってた? ごめんね?」


 ニールは大きくため息をついた。


「…… すまん。今の発言は忘れて欲しい。少し席を外すから、レストランで待っていて」


 彼はポケットから出したペンライトを私に押し付けて踵を返した。



 *


 カラン、カラ〜ンと自動人形の店員がベルを奏でた。


「おめでとうございます!1等です」

 

 百貨店のレストランで食事を終え、福引引換券をもらったあと、私は5等の名店スコーンを狙って抽選機を回したのだ。たいていこういう物は当たらないハズ。しかし運がいいのか悪いのか、1等になった。ニールが横でため息をついた。


「アナスタシア。俺に遠慮して辞退しなくても良いんだぞ? 愛玩用自動人形は苦手なだけだ。そういう機能はない子どもタイプらしい」


 ニールは隣りで書字板の説明書に目を通している。その前には彼の背丈の半分ほどの少年が立っていた。ショートパンツのスーツ姿、金髪に濃紺の瞳、肌は磁器のように白い肌の自動人形が柔らかにほほえむ愛玩自動人形だ。


「私だって受け取りを辞退してもいいのよ。この子を私たちの子供にできるなら話しは別だけど」


 自動人形が私の方を見る。


「奥さま、ボクは所有者の子として届けられません。ですがご縁は大切にしたいです。ダメですか?」


 潤んだ瞳が上目遣いに私を見上げ首をかしげた。ニールは肩をすくめ「商売が上手い」と独りごちた。


「悪いけどね、身の回りの世話はエマという侍女がいるし、特技でも無い限り連れ帰るの無理よ」

「過去レシピを参照して自動調理家電も作れない、あらゆる時代と地域のスコーンを作れますが、無駄な特技ですよね?」


 え? ス、スコーン!?


「全然無駄じゃない!……我が家の専属スコーン職人になって」

「ありがとうございます、奥さま!」


 少年は明るくにこやかな笑みを浮かべた。ニールは「ウチの料理人をクビにしないでくれよ」と肩をすくめてお持ち帰りを許してくれた。





 屋敷に戻るとニールは執務に戻り、私は自動人形をエマに披露した。


「精巧で、人と見分けがつかないですね」

「ボクを見つめないでください。恥ずかしいです」

 

 人形は頬を染め、モジモジし出す。


「エマ、見分けるコツは首筋のコードだと彼が教えてくれたわ。顔を作り変えた記録から所有者情報までここに記録されるの。スコーン専属職人として連れ帰りました」

「自動人形はお好きではないのに、食欲に負けたんですか……」

 

 エマはやや呆れた眼差しを私に向けた。


「し、仕方ないじゃない。5等のスコーンを狙ったのに、なぜか1等が当たっちゃったんだから」

「食欲負けですね……まぁ構わないですけど、この子、何て呼びます?」

「え、名付けるの?」


 人形はスタスタとキャビネットの横にしゃがんで両膝を抱え、丸まってしまった。

 エマが非難の目をを向けてくる。


「お嬢さま、人形も傷つきますよ。心が無いと思ってらっしゃるでしょ? 付喪神つくもがみという言葉をご存知ですか? 文化司書として名付けることは重要なお仕事ではございませんか?」

 

 そうは言われても変な情を移したくない……私が黙っていると、人形は指で床にくるくる円を書き出した。機械のくせに目に見えていじけてる……。


「な、なら『バノック』はどう?」

「……バノック、良い響きです。さすがお嬢さま」


 バノックは駆け寄り、キラキラと瞳を輝かせて私の両手を握った。


「アナスタシア様、ありがとうございます。価値ある名をお与え頂き光栄です!」

「そ、そう?……まぁ気に入ったなら良かったわ」


 実は『バノック』はスコーン源流のパンだ。安直だが凝った名前にしたくもない。ニールが気にしても困るし。姿が人間に似るほど名前は変わったものの方が、冷静になれるというものだ。バノックは料理人に挨拶してくる、とスキップで部屋を出た。


「そうだ、お嬢様! 片付けの確認をお願いします」

「え? 本棚はもうできたの? ありがとう!」


 広間に行き、本棚を見れば全て綺麗に収まっている。分類され五十音順に並ぶ書棚は見事な出来だ。


「すごいわ。結構な量があったのにすごいわね」

「えへへ。実はスーパーモード……と黒猫の手で頑張りました」

 

 黒猫って……エマのとろけた顔と、微かに香る整髪剤の香りで黒猫はジョンの事だと察しがついた。


「エマ……貴方が幸せなら良いんだけど、執事には大丈夫? バレない?」

「ちゃんとセバスチャン様がいない時間でしたから大丈夫です!」


 えっへん! と胸を張るけど……大丈夫かな?

後で黒猫さんにも心付けを渡せるかニールに相談しよう。


「ありがとうと、黒猫さんにもよろしく伝えて。おかげで今日は早く寝れそう」

 

 エマは「新作のナイトウェアはお使いにならないんですか?」と言うので、私も腹を括った。


「あのね。ニールと話して養子にしようと思う。お父様やお母様……まぁ難関のおばさまも説得するわ」

「ど、どどうしてですか?」


 エマは受胎テストを何度も受けてきたことを知っている。いつも私の側で励ましてくれた。そんなエマに素直に事実を告げるとややこしくなる気がした。


「ニールは孤児院育ちでしょ? 私もけっこう倒れているし、身体を心配されたのよ」

「でも、お嬢さまの今までの努力は? そのお体でお子を産む喜びは?」


 エマの大きな瞳からポロポロと涙がこぼれる。エマが泣くのは……珍しい。


「ありがとう。でもね……ニールの気持ちを優先したいの……彼が心から好きだから」


 彼女は首を振った。


「お嬢さま。エマはお二人の血が流れるお子様をお世話するのを楽しみにしておりました。だから今は……ぐす……ジョンに話を聞いてもらってきますっ! ジョン〜〜〜!」


 私が呼び止める前に彼女は走り去ってしまう。期待を裏切った罪悪感が広がるが、仕事に目を向けよう。傷んでいた本を手にして二階に上がる。


「君たち、傷んでいるのね。今直すからね」

 

 修繕具と本を抱え自室に引き上げた。金尺を合わせて紙を計り、ナイフで切り取ると剥がれた見返しに糊をつけて補強する。傷んだ本を修繕するのは昔から好きだ。古い文化に触れている感じがして達成感もある。ふいに鼻腔にスコーンの香りが漂った。


「アナスタシア様。お夜食にどうぞ」


 エプロンをつけたバノックが、作業台の横に焼きたてのバノックを置く。あちゃ……名前の由来に気づいたのかな。


「美味しそうなスコーンだよねぇ」

「ボクの名前の由来ですよね。アナスタシアさまの好物の親の名を付けて頂いて嬉しいです」


 やっぱり……彼はスツールを引き寄せ私の側に腰掛け、平たい円形状のパンをパキッと手で割った。バノックからスコーンを受けとりかじった。素朴な味が口に広がる。


「変な名前だって怒らない?」


 バノックはトレーのティーセットで紅茶を優雅にティーカップに注いでミルクを入れミルクティーを作ってくれる。


「怒る感情はボクにはありません。でも嬉しい感情ならボクにはあります」

「君も人間のため都合よく作られて大変だね」

「アナスタシア様、滅びゆくこの世界にこそ、都合の良い存在が必要だと思いませんか?」


 バノックはそっと妖しい瞳で微笑み、そっと私の耳元でささやいた。


「ボクは無性ですが、アナスタシア様を癒すことくらい容易いですよ」

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