18 沢西君の部屋


「で? 俺をここに呼んだのって、もしかして……」


 沢西君と話していたお隣のお兄さんがこっちを見た。


「花織はゲームに夢中だし……成程ね」


 今まで無表情だったお隣のお兄さんの口角が上がり、薄ら笑みが作られた。


「ねぇ、坂上さん。せっかく来たんだし春夜の部屋でお茶でも飲んでいきなよ」


 それまでのクールな面持ちが一変しニッコリと笑いかけてくるお隣のお兄さんにたじろぐ。神々しい程の美しさに目が潰されそうだ。


「いやほら……オレの部屋、散らかってるし……彼女も遅くならないうちに帰らないとだし……」


 沢西君が視線を下方に彷徨わせつつ理由を並べる。お隣のお兄さんは何か見透かしたような目付きを沢西君へ送った後、私に視線を戻した。


「坂上さんも春夜の部屋を見てみたいよね?」


 問われて心の中で「見たいです!」と即答する。でも沢西君は部屋に入ってほしくなさそう。だから口には出さなかった。


「遠慮しなくていいよ。何なら俺が飲み物を用意して持って行くから……」


「理兄ちゃん分かったから! もう帰って! オレたちも、もう少ししたら出るから!」


 猶も勧めてくるお隣のお兄さんを沢西君が廊下へ押し出している。お隣のお兄さんは去り際、私へ「またね」と手を振ってくれた。玄関ドアの閉まる音が響く。



「……先輩。オレの部屋を見てみたいって思ってます?」


 言い当てられてギクッとする。


「詰まらないですよ? 片付いてないですし」


 釘を刺す沢西君につい言ってしまう。


「嫌がられると逆に見たくなるって言うか……うん。見たい。凄く興味ある」


「そうですか」


 沢西君が横に視線を逸らして口元を手で隠した。


「見るだけですよ? 少しだけですからね!」


「うん! ありがとう沢西君!」


 沢西君に続いて廊下へ出る。玄関へ向かって右にあるドアを開けている。私も中へ入った。

 右奥にベッド。その左にこちら向きの本棚があり、窓の側に机が置いてある。


 やはり。思った通りだ。沢西君の事だからきっと家にも本が沢山あるんだろうなとは思っていた。でも振り返った時ドア側の壁に面して大きな本棚が更に二つあったのには驚いた。呟いてしまう。


「凄い……」


 本棚に並ぶ本を見回した。読んだ事のない本がいっぱいある!

 因みに部屋は散らかっていなかった。本が二、三冊床に積んであるだけだ。


「ねぇ、沢西君……。本、見てもいい?」


「ダメです」


 即断られて相手を見返す。


「そんな悲しそうな顔してもダメです! さっき少しだけって言いましたよね? もう外も暗いので帰った方がいいです。行きましょう」


 沢西君が手を差し出してくる。


「……分かった」


 渋々了承した。ありったけの自制心を働かせ本棚から目を逸らし沢西君の手に自分の手を置いた。

 強く引っ張られたと状況を理解したのはドアに押し付けられた後だった。


「いいんですよ。ずっとここにいてくれても。先輩がそのつもりなら」


 突然された提案にびっくりして息を呑む。沢西君は真顔だ。


「あ……我儘言ってごめん。いたいのは山々だけど、もう帰らないとね」


 やっとそう口にした。胸の動悸が激し過ぎる。左下に顔を背けた。

 何? 今、何が起きたの?

 さっきの一瞬、沢西君の言葉がプロポーズみたいに聞こえた。

 だけど、ちゃんと分かっている。私を帰らせる為に脅かしただけだって事は。だがしかし、どうしても譲れない部分を乞う。


「また遊びに来てもいい? その時はもっと本を見てもいい?」


 沢西君は何故か溜め息をついている。


「いいですよ」


 額に手を当てていた彼はぶっきらぼうな口調で何か不満があるように私を睨んだ。




 沢西君は今日も私を家の下まで送ってくれた。道路には街灯が設置されているおかげで夜も明るい。


「沢西君、遅くまでありがとう。楽しかった!」


 伝えると彼は右下に視線を外した。


「突然誘って迷惑じゃなかったですか?」


「全然! 沢西君の部屋が見れて結構満喫したよ」


 欲を言えば沢西君の部屋の本を読み漁りたかった。


「今日、沢西君のお家に誘ってもらえて嬉しかった」


「そう……ですか。よかったです」


「じゃあ、次は日曜日だね」


「はい。明後日ですね」


 ユララなりきり撮影の日帰り旅は明後日決行される。

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