9 帰り道


 ピッ、ガコォン。


 突然すぐ横の自販機が音を立てたので跳び上がりそうになった。誰か飲み物を買ったみたいだった。

 沢西君がやや不機嫌そうな表情で駐車場の外を見ている。


「あの子、今回もいい仕事してるわ」


 外の方から呟きが聞こえる。この声は……!


「朔菜ちゃん……?」


 思い浮かぶ名を口にした。

 彼女は自販機の横へ出て来てくれた。缶コーラをゴキュゴキュ一気飲みしながら。


「ぷはっ。久々にスッとした!」


 コーラを飲み終えたらしい朔菜ちゃんが私たちに視線を据えた。ややつり目気味の双眸が細められ、見つめられると値踏みされているような心地になる。


「……あいつら。きっとどこかで落ち合って黒幕に報告する筈だから今日はもう追って来ないと思う」


 朔菜ちゃんが私たちへ教えてくれる。『あいつら』というのはさりあちゃん、姫莉ちゃん、ほとりちゃんの事だろう。


「朔菜ちゃん、さっきの三人と……それから晴菜ちゃんとも知り合いなの?」


 尋ねてみるとゴミ箱にコーラの缶を入れていた朔菜ちゃんの瞳が私の方へ向いた。


「まぁね。古い知り合い」


「もしかして。今日は晴菜ちゃんに頼まれて付いて来てくれたの?」


 私はこの機会を逃すまいと続け様に問いかける。朔菜ちゃんが駐車場の表へ回ったと思ったら再び響く自販機の動く音。更にコーラを買ったらしい。それを片手に戻って来た彼女は意外にもすんなり答えてくれた。


「まぁ、そうかもね。あいつらが動くのは薄々分かってたし」


「晴菜ちゃんは……」


 途中まで言って口籠もる。「本当に、さりあちゃんが言っていたように悪女なの?」そう聞いてしまいたかったけどやめた。明日本人に確認するって決めたし、朔菜ちゃんの意見はあくまで朔菜ちゃんから見た晴菜ちゃんの印象だ。一つの参考にはなるかもしれないけど、ちゃんと自分で見極めたい。


 あれっ? そう言えば……。


「朔菜ちゃんとさりあちゃんが話してた『聖女』って誰の事? その人が私を連れて来るようあの三人に頼んだのかな?」


 一瞬、朔菜ちゃんの動きが軋んで止まった。私を凝視している。


「どうする?」


「え?」


 突然、朔菜ちゃんに問われて何の事だろうと戸惑う。


「アンタの家まで付いて行った方がいいかな、私? 大丈夫とは思うけど」


 朔菜ちゃんはこちらを見てそう言った後、私の隣に立つ沢西君を一瞥した。


「あー。もう帰って下さい。オレが彼女を家まで送って行くんで」


「えっ!」


 勢いよく沢西君へ顔を向ける。驚いた為、大きめな声が出てしまい駐車場に響いている。彼はニヤリと細めた目で私に念押ししてきた。


「いいですよね? オレ、今日から彼氏ですし」


「えっと。そこまでしてもらうの悪いよ……」


「オレが行きたいだけなんです。坂上先輩の家ってどんな所なのかなーって気になるので」


「……う、うん分かった」


 拒む理由も思い付かなかったので了承した。


「それに……」


「それに?」


「いえ、何でもありません」


 沢西君が何か言い掛けていた。気になる。



「じゃー頼んだわ」


 左手にコーラの缶を持った後ろ姿で右手を挙げた朔菜ちゃんがそう言い残し、駐車場を出て左方向へと去った。


「先輩、オレたちも行きましょう」


 鞄を持ち直した沢西君が右手を差し出してきた。これは、もしかして……?


「えっと……」


 呟いて沢西君を窺う。提案してくる彼の顔に笑みはなく真剣な表情。


「手、繋ぎませんか?」


 や、やっぱり?


「さっきの朔菜って子。帰ったと思わせてまだ見張ってると思うんですよね。内巻先輩の仲間っぽかったし。きっと後で内巻先輩に報告する筈だから、ついでにオレたちが仲いいところを見せ付けてやりましょう」


 攻めるねぇ。私、そこまで考えてなかったよ。


 私から恋人のフリをお願いした訳だけど、こんなに熱心に協力してくれるなんて。少しばかり狡いと思う部分があっても沢西君はいい人だし、味方になってもらってよかった! とても心強いよ。


 でも。さっき沢西君に傾きかけた恋心を自覚した経緯があるので変に意識してしまう。


「はい、お願いします」


 テンパって返事が敬語になってしまった。私へと差し出してくれた手に自らの手を重ねた。沢西君が明るい表情で笑った。


「先輩、もしかして緊張してます?」


 彼の楽しそうな雰囲気に納得がいかない。きっと沢西君は私の事なんて意識していない。だから「手を繋ぐ」なんて事も軽くこなしてしまえるのだろう。何かに負けた気分で俯いた。一緒に駐車場の外へと歩みながら言った。


「うん。凄く緊張してるよ」


 ガコッ。


「いてっ!」


 答えた次の瞬間……大きな物音がした。同時に沢西君が声を上げたので私はびっくりして彼を見た。どうやら左足をゴミ箱にぶつけたらしい。


「大丈夫?」


 尋ねると彼はヘラッと笑って見せた。


「大丈夫です」


 そう言っていたのに、その後の沢西君の表情はどこか暗かった。



 普通に歩いていた時はちゃんと喋れていたのに、手を繋いでいる時分は緊張で何を話したらいいか分からなくなっていた。結局、自販機のある駐車場前から歩いて来る間一言も交わさず最寄りのバス停に到着してしまった。自然と手が離れる。


 バスの中でも一言二言喋っただけ。


 バスを降りて歩道を歩く。また「手を繋ごう」と提案してくれるかもとドキドキしていたけれど当たり障りのない会話を少しする程度で沢西君からの誘いはなかった。私はそれを寂しく思った。


 バス停から自分の家まで約半分の道のりを過ぎた頃。上り坂の手前にあるパン屋さんの側で振り返り沢西君と向かい合った。彼に提案する。


「あのっ。手、繋いでもいいですか?」


 また敬語になってしまった。沢西君が驚いたような顔でこっちを見ている。恥ずかしがる己の心を抑え必死になって言葉にした。


「ほら。沢西君も言ってたよね? 知らないところでイチャイチャされるのってダメージあるとか。それにこういう事、普段から練習してないと岸谷君の前で実際にして見せる時うまくできない気がするし。沢西君は大丈夫かもしれないけど私は自信なくて……」


 言い訳を並べる。顔が熱い。これはもう……。

 私は彼を好きになっている途中のようだ。確信する。


 沢西君が黙ってしまった。断られた場合のダメージを覚悟した時。


「先輩って真面目なんですね」


 眼前の彼がとても楽しそうに笑い出した。


「じゃあ、遠慮なく」


 そう私へ告げ、挑むような瞳を向けてくる。

 歩き出した沢西君に手を引かれた。

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